福本伸行『最強伝説 黒沢』の感想

福本伸行/発行所=小学館
『アカギ』や『カイジ』シリーズなど、ギャンブル漫画で有名な福本伸行先生の作品です。福本ワールドは結構読み込んでいるのですが、一番オススメしたいのがこの『最強伝説 黒沢』で、ギャンブルの要素は一切ありません。回想の中で一瞬パチンコを打つぐらいです。
ざっくり言うと、うだつのあがらない現場監督のおっさんがヤンキーにからまれて、自衛のために成長していく話です。路上での戦闘という意味では森恒二先生の『ホーリーランド』に近いものもありますが、黒沢が面白いのは「個の格闘家」のみならず、「逃亡者」や「軍師」になることもあるという点です。すなわち、格闘漫画というよりはサバイバル漫画といったほうが正しいでしょう。
主人公の黒沢は高校卒業後26年間、穴平建設という会社で働き続けています。独身でもちろん恋人なし。好物は居酒屋メニューの「なんこつ揚げ+ライス」とか「天・三点スペシャル=天丼+天津丼+天ぷらそば」。おなかが出ています。いや、「出ている」という表現ではちょっと弱いかもしれません(・∀・)
このように見てみると戦闘家の資質はまるでなさそうですが、黒沢には「①生まれ持ったガタイ(+長年の肉体労働)」と、「②戦闘に際して最善手を選ぶセンス」があります。この二点だけを武器に戦っていくわけです。格闘ファンには周知の通り、体が大きいということは相当なアドバンテージです。
さらに言えば、この二点は互いに補完し合っているところがあります。すぐバテたりマウントを取られたりするようでは、いくら優れた観察力・判断力があっても発揮のしようがありません。また、良手が見つかってもスタミナが残っていなければ実行できません。黒沢は、ちょっと大げさに言えば、知勇兼ね備えた名将なのです。
つい戦闘のことばかり書いてしまいました。しかし、『黒沢』の本質は、鋭い心理描写にあります。ギャンブル漫画でおなじみのあの緊張感を『黒沢』でも十二分に味わうことができるのです。
戦いと一切関係ないシーンも結構あります。秀逸なのは、平々凡々(あるいはそれ以下)の中年男として、人生への不安を露わにするところです。多くの人がなかなか言葉にできないことを福本先生はうまく表現してくれています。
「みんな……本当にどうしてるんだ……?」出典:福本伸行『最強伝説 黒沢』第1巻/発行所=小学館
まさに正鵠……! 孤独な中年の心情がダイレクトに伝わってきます。たまたま戦闘に巻き込まれたおかげで黒沢は「最強伝説」を作りましたが、そうでなければただ図体がデカいだけの淋しいおっさんとして生涯を終えたかもしれません。
全11巻の中で、僕が特に素晴らしいと思うのは1・5・10巻です。
1巻はいわばプロローグで、戦闘の兆しは一切なく、人情物のような様相を呈しています。この1巻だけ独立した作品と見ることもできるでしょう。知り合い何人かに『黒沢』1巻を貸し付けたのですが、ピンとこなかった人もいれば、「ここには自分のことが書いてある……!」と激しく共鳴した人もいました。
5巻は、わき役の少年が黒沢の「決闘」に感化されて、自分にタカる不良たちと話をつけにいくシーンが最高です。神社の石段を静かに登っていくコマは何度読んでも泣けます。
10巻も泣けます。あかねばあちゃんを守ると決意する流れは、『カイジ』の電流鉄骨渡りで石田さんがチケットを託すところと並んで、福本ワールドの二大名シーンだと思っています。
『最強伝説 黒沢』、ぜひ1巻だけでも読んでみてください。

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コメント一覧
神社の階段のところで泣いたという人は珍しいのではないでしょうか(多くはアジフライとか工事中の棒をふる人形)
あの直後のハウルの動く城とか朝の贈り物とかが強すぎてついつい忘れがち
神社の階段は唐突なモブ視点ですから、感動する人は少ないかもしれませんね……(・∀・) アジフライは鉄板。