なろう主人公ワイ「ふむ、では牛に荷物を運ばせたらどうだろうか」

1: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:08:50
なろう主人公ワイ「死んだ牛は食料にもなるでしょ?」
王様「な、なんとそんな方法があったとは…」
側近「おい兵士!今すぐ牛を用意するのじゃ!」

4: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:10:02
これ何があかんの?

 

6: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:10:31
>>4
山岳地帯で水牛

 

8: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:11:47
>>4
戦車飛行機トラックなんでもある連中に牛で侵攻、しかも水牛で山登りしたから開始直後にほとんど死んだ

 

10: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:12:16
>>6
ダメなん?
>>8
はえ~山登れないんか

 

14: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:14:45
>>10
牛って動き遅いじゃん?人の動きについていけないんやで 山岳地帯だと特に
そして牛みたいなでかくてのろのろ歩いてる連中をイギリス軍が逃すと思うか?

 

17: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:16:29

>>14
それで早く歩かせるために牛のケツを炙る→牛の疲労とストレスが溜まる→牛がみんな死ぬ

こんなんで全く役に立たないアホ作戦や

 

18: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:17:15
>>14
>>17
ヒエッ…

 

7: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:11:07
>>4
時間が押されてたから解体して焼くまでの時間がなくてほとんど生の状態を食べてた
それに水牛のせいでクッッソまずい
休まる暇もないから牛がほぼ同タイミングで死ぬせいで最後の方は食料がなくなる

 

19: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:17:43
おまけに航空機の機銃掃射で牛が驚いて荷物ごと逃げ出したもよう

 

20: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:17:44
しかも牛は反芻で食事にクッソ時間かかる上に長距離行軍のときは2時間に1回大休止が必要

 

21: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:18:15
しかもこの作戦のためだけに謎の牛の捌き方講習行ったらしいで

 

9: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:11:49
おは牟田口

 

5: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:10:26
?「ふむ、日本人は草食動物なのでその辺の草を食べながら進軍してはどうか?」

 

11: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:12:42
牛死んだ後は人が運ぶ、なら最初から人に運ばせればいいのでは?

 

12: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:12:55
インパール作戦定期

 

13: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:13:44

現地の人「食料尽きたから食料送るように頼むンゴ…」

なろう主人公「ふむ…武器の方が重要では?」酒ゴクゴク

 

15: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:14:52
>>13
「ふむ、大和魂があれば武器もいらないから送らなくてもよいのでは?」

 

16: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:15:58
兵士「もうダメです!弾も食料もありません!」
なろう「ふむ、では芸者遊びでもして戦意を向上させてはどうだろう」

 

22: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:18:30
なろう「やれやれ元いた世界だと空腹なんて克服できるのは常識なんだけどな」

 

24: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:19:54
インパール作戦開始前は野草や山菜を採取しておひたしや漬物などの「ジャングル料理」を作ることで自給自足に成功してたんやけどね

 

25: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:20:44
山の気候帯のせいで雨全然降らんから
食料より水の方がヤバかったんじゃないっけ?

 

27: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:22:10
>>25
むしろ超豪雨地帯だぞ

 

28: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:22:40
>>25
スコールでたこつぼで溺死する兵士が多数いたぞ

 

29: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:23:00
>>27>>28
あれ?
ワイの勘違いやったかな

 

31: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:24:13
>>29
雨季と乾季があるから乾季は全く降らない
インパール作戦は乾季にやるつもりがもたついて雨季になった

 

32: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:25:08
>>31
そうなんか
インパール作戦の漫画読んだ時水たまりの水を奪い合ってる描写あったから水無いのかと勘違いしてた

 

34: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:27:06
>>32
泥水飲むからみんな赤痢で死んだんだよな

 

26: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:22:08
働かせてる牛の肉って筋肉ついてて硬いらしいしなあ
だから日本人は牛食べるって発想無かったみたいやし

 

30: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:23:42
ニューギニアだと湿地帯だから水はあるけど全部泥水だから全く飲めないみたいなことがあったらしい

 

33: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:25:36
1942年から立案されてただけあって作戦の方向性は別におかしくないねんな
実現する力が無かったと言う方が正しい

 

35: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:29:18
>>33
1942
参謀本部「インド侵攻できるか?」
牟田口「兵站の問題で無理です」
1944
牟田口「インパール作戦やりたい」
参謀本部「兵站は?」
牟田口「大和魂あればなんとかなる」
2年の間になにがあったんや

 

37: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:31:02
>>35
ワイのせいで始まった戦争(牟田口は盧溝橋事件を拡大させた責任者)だからワイが幕を引かなあかんと思ってたらしい

 

36: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:29:57
牟田口よりも河辺正三ら上の連中の責任のほうが重いともよく言われる

 

38: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:32:24
>>36
川辺「牟田口から中止の申し出がないから」
牟田口「顔色で察して欲しかった」

 

39: 名無しの読者さん 19/09/12(木)00:46:15
もっとヤバいやらかしをした奴はおるのに牟田口の名前ばかりが上がるのは少々不憫やな

 

出典:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1568214530/

 

牟田口廉也(むたぐちれんや)とは、かつて大日本帝国陸軍に所属していた軍人である。
明治21年 (1888年) ~ 昭和41年 (1966年)。最終階級は陸軍中将。

概要
現代では、史上まれに見る愚将として有名。あまりにもボンクラで、兵隊からは「鬼畜牟田口」「無茶口」と罵られた。
終戦後にA級戦犯として捕まったが、シンガポールで不起訴処分となる。
陸軍悪玉論を語る場においては、必ずと言っていいほどこの人の名前が出てくる。

インパール作戦
彼の愚将としての評価を定着させたエピソードが、日本軍が大敗したインパール作戦である。

第十五軍司令官となった牟田口は、従来の守勢から攻勢によるビルマ防衛へ方針転換を行い、イギリス軍の拠点インパールからインドのアッサム地方への侵攻計画を構想した。
これは前年、南方軍が立案した計画を改良したものだった。前年には、彼は作戦に反対したものの、太平洋地域のアメリカ軍に対応する為に陸上部隊や航空戦力が引き抜かれており、またウィンゲート旅団によるゲリラ戦で防衛線を突破されないか不安であった。
インド独立運動の誘発や積極的攻勢に出て防衛範囲を限定させようとして作戦決行に踏み切った。

作戦を立案した際に、補給ができない事を理由やウィンゲート旅団の討伐後の部隊休息・再編成を理由にに参謀長や指揮下の師団長などのほぼ全員が反対、にも関わらず主張を変えなかった。第十八師団の田中師団長の進言もあり、反対派の参謀長を更迭してしまった。(第十五軍司令官就任時に大幅な人事異動があり現地ビルマを知る将校は少なく、これが周りの意見を聞かない原因であった。)

その主張の内容は、つき詰めていえば「英軍は弱い、必ず退却する。補給について心配するのは誤りである」。現場の将兵にとって不幸だったのは、無謀な作戦を中止させるべき存在であるはずの軍上層部が、悪化する一方であった戦局の打開をこの作戦に期待して、牟田口を制止するどころか後押ししてしまったことである。特に直属の上司である河辺正三ビルマ方面軍長は牟田口と旧知の間柄で、インパール作戦に同意し推進した。

さらに東条英機は、牟田口廉也との個人的な信頼を持っていた。牟田口も、ビルマ方面軍や南方軍、大本営の頭越しに、時の参謀総長である東条英機には毎日のように私信を書き送った。東条英機は、すっかりインパール作戦に期待するようになった。またインパール作戦の間にも、牟田口軍司令官は頻々として中央に手紙を出した。宛先は東条英機首相であり、富永恭二陸軍次官であり、あるいは陸軍省のやり手将校であった。

なお、インパール作戦におけるイギリス軍は、日本軍を自分たちの領域に十分に引き付けて、補給が出来なくなった時点で反撃する方針を決めていた。補給を徹底的に軽視した牟田口廉也は、敵将ウィリアム・スリムの罠に見事にかかったのである。日本軍は、補給線の伸び切ったインパールに引き寄せられ、弾薬どころか食料もろくない惨状で、立体陣地を構築し強力な火砲、戦車、航空機を要するイギリス軍にさんざんに打ち破られた。さらに補給のない撤退路は、餓死・病死者が大量になり、道なりに日本兵の死体が累々とつながる「白骨街道」となった。

この戦いにおける日本軍の損害は、軍の把握していた数値が極めていい加減であったこともあって明確な資料はなく明らかではないが、戦死30,000、戦病死40,000、合計70,000ともいわれる。一方でイギリス軍の損害は、日本の公式戦史および陸戦史集とも敵将スリムの著書からとして「インパール作戦の死者15,000、傷者25,000、合計40,000」という数値が挙げられている。
しかし、スリムの原本においては、損害40,000でその後ほとんどが部隊に復帰できたとあるだけであり、また実際にはインパール限定ではなく東南アジア連合軍の44年1月から6月の全損害が40,000であり、どうやら大日本帝国陸軍側の意図的な誤訳のようである。[1]

そして、水牛に荷物を運ばせ、食料としても利用するジンギスカン作戦を実施させたが、水牛がジャングルや荷物運びに適応せず、エサも用意出来ずに大失敗。牟田口を代表するエピソードの一つになっている。なお、牟田口が戦後に中華料理店「ジンギスカンハウス」を開店したというエピソードがあるが、これは資料がなくデマである。

牟田口には、次のような証言がある。彼は兵隊たちに「周囲の山々はこれだけ青々としている。日本人はもともと草食動物なのである。これだけ青い山を周囲に抱えながら、食糧に困るなどというのは、ありえないことだ」と大真面目で訓示したという。言い換えれば、「野草がいくらでも食える」という論理である。
前述したように、前線はイギリス軍の作戦通り補給不足で大苦戦。空腹の将兵たちは、上述の呆れた訓示でも実施せざるをえず、タケノコ、野イチゴはもちろん、ヘビ、カエル、カタツムリ等、食べられるものは何でも食べて、飢えを凌いでいた。

挙句の果てに、作戦の失敗が確実になると、作戦指揮そっちのけで戦勝祈願の呪文を唱え始める始末。戦勝を祈願していたことから、勝つ気はあったのかもしれないが、軍司令官が神頼みを始めた、ということから「いよいよこの作戦はダメだ」と将兵たちは感じたという。

各戦線は、補給不足から絶望的な戦いを強いられていた。指揮をとっていた師団長たちも、作戦中止を具申したら更迭された者、マラリアで健康を害したという理由で交替された者(後に死亡)、いよいよ呆れ果てて師団主力を撤退させたために更迭された者(作戦終了後、軍法会議にかけられそうになったが責任が及ぶため精神疾患として不問)など、いずれも酷い目にあっている。
……とはいえ、生きて帰れた者はまだマシというもので、最も悲惨な目にあったのは「白骨街道」とまで言われた死屍累々の道を歩む羽目になった前線兵士達であるのは、言うまでもない。

さらに、牟田口本人は敗戦の色が濃くなるってくるや一目散に逃亡。そして言い訳。
「逃げたんじゃねぇよ! 補給路を確保したかったんだよ! それを卑怯だなんて、ぼく悲しいなぁ」(意訳)

出典:ニコニコ大百科

 


ジンギスカン作戦っていう名前の明るさが逆に切ないですね。

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