これは「ゆるパク」ですか?

2019年11月20日


こんにちは、管理人です。

昨日の
私のなろう小説をゆるパクした作品が書籍化するらしい
という記事に色々と反響がありましたので、もう少し突っ込んで考えてみたいと思います。

(※元記事はツイ主さんからの要請により削除しました)

 

管理人の発言への反応

管理人はこう書きました。

ゆるパクという言葉が汎用性高過ぎるのは気になりますが、検索した際、「そんなこと言い出したら創作できないじゃん」というニュアンスの声が多いことにちょっと驚きました。
大抵のアイディアに先行者がいることも事実ですが、オリジナリティにプライドかける時代じゃないんですね。

 

コメ欄よりコピペ

2019年10月7日 1:38 AM
俺は二宮なんちゃらって人と近い意見だわ
お気持ちを吐き出すだけで行動しないんじゃ支持のしようもない
問題を解決する気のない愚痴を延々聞かせられるのはしんどいから

オリジナリティ云々についてはもうなんか諦めたわ
ネットの文化や用語がスマホ新規に乗っ取られたのと同じ
ビジネスになるならパクリを容認する姿勢を企業もユーザーも打ち出して一定の規模を確立してる時点で不可避な流れなんだと思う、心情的には非常にアレだが
あと某腋のプッシュに乗らない管理人の姿勢はわりと好きだぜ

2019年10月7日 4:27 AM
無断転載で小銭稼ぎしてる管理人さんは言うことがひと味もふた味も違うな
オリジナリティにプライド溢れるまとめ好きだよ♡

2019年10月7日 7:51 AM
管理者のコメントにびっくりだ
ゆるパクされた相手の情報を第三者にチラチラだけしてまともに提供せず同意の吉牛だけ受け入れてる人に、どうして同意できるのか
最低でも両方の現物出さないならこんなこと言うなって話だ

世の中のは布教目的でジャンル作品書く人もいて、そういう人は、設定部分(近親相姦姉弟とかTSとかケモとか)の類似は受け入れるし、実際にそれが著作権上問題になることもない
アイディアが保護されないというのは、近い設定の物語でも表現の多様性で違う話になり得るバリエーションを保護するということでもある
他人の表現を萎縮させるだけの愚痴なんて、ノイズでしかない
そんなのは非公開でリアル知人だけに言えと思う

 

頂戴したコメント個々へのレスにならなくて恐縮ですが、

比較しないことにはどうしようもない

というのが根本的な問題だと思いますので、例題を出してみます。

・常連の訪問者さんなら既読の方も少なくない(はず)
・自作なら何をしても問題ない
ということで、管理人の作品を取り上げます。

昨年の大みそかに
俺ワナビ、異世界行ったら知らないおっさんが先に来てた
という作品を発表させていただきました。
6000字ちょいの短編なので、よろしければ未読の方はまず読んでみてください。
※なろう掲載作品ではないのでおわかりいただけると思いますが、宣伝目的ではないです。

さて、こちらの作品、
・冴えない少年が異世界に行く
・異世界転移とかいう概念を主人公が認識している
・転移先は森
・すぐに説明役が出てくる
・中世ヨーロッパ風(笑)
・主人公が異世界で少し成長して帰ってくる

といった要素は既存の作品でいくらでも見つけられると思います。

しかし、その程度ではおそらく誰も「かぶり」や「パクリ」とは言わないでしょう。

では、仮にこの作品にインスパイア(仮にですからね)された人が、こんな作品を書いたらどうでしょうか。
・ストーリーは同じ
・シーンの内容と配置も全部同じ
・心の動きもほぼ同じ
・しかしコピペは一ヶ所もない
・単語は異なるが、ところどころ文章の構造が似ている
・登場人物の名前や部活や職業が違う

※本来ならそういう作品を実際書かないと意味がないかもしれませんが、ちょっとそんな時間はありませんでした。←物理さんにガッツリ時間かけといてなにいってだ

話が同じならパクリでしょうか。
それとも、どれだけ似ていてもコピペさえなければパクリではないでしょうか。
意見が分かれるところだと思います。

個人的には、自分の作品を読んだと確定している人がそんな作品を書いてきたら、ゆるパクどころかパクられたと感じます。

ちなみに、「~がない。~がない。以上の理由で~」というのは『グラップラー刃牙』の名言の構造を拝借していますが、こちらはオマージュのつもりで書きました。
作者的に「バレたら困る」のがパクリで、「気づいてほしい」のがオマージュだと思っています。
しかしこれも「真似したならパクリ」と考える人もいらっしゃるかもしれません。

 

前の記事のコメントにも書きました通り、「ゆるパク」という言葉は無限に適用されかねないので、ちょっと問題があると思います。
ただ、「分解と再構成」が創作の技法として発展していく中で、盗作と見なされる範囲がどんどん狭くなってきているのではないか……と危惧するわけです。
よろしければご意見をお聞かせください。