『世にも危険な医療の世界史』の感想
リディア・ケイン、 ネイト・ピーダーセン著、福井久美子訳の『世にも危険な医療の世界史』を読みました。
「△△は万病に効く」
突然ですが、皆さんはどこか具合が悪くなった時、どうするでしょうか。頭痛なら頭痛の薬、腹痛なら腹痛の薬を飲むでしょう。歯が痛ければ歯医者へ、目の調子が悪ければ眼科へ行くでしょう。何が言いたいかというと、現代は症状に応じた対応を取るのが当たり前になっているということです。
本書にはてっきり「◯◯のヤバイ治し方」が色々書かれているものと思っていました。しかし、これは現代医療しか知らないお坊ちゃんの想像でした。いざ読んでみると、しばしば「万能薬」についての話だったのです。「コレは◯◯に効く」ではなく、「あらゆる病の原因は□□であるから△△すれば全部解決する」という考え方です。
いかにもインチキですが、当時は真剣に考えられていたようです。※現代でも「△△は色々有益でとにかく健康になれる」的な謳い文句がまかり通っていますから、人間は今も昔も、汎用的な健康法が好きなのでしょう。
トンデモ万能医術あれこれ
ルイ・パスツール(1822-1895)が細菌を発見するまで、人類はものが腐る原理すら知りませんでした。そんな状態で症状別の正しい対応が取れるはずもありません。
●アヘンは気分が良くなるから何にでも効く良い薬である
●水銀は強力な下剤で唾液も大量に分泌されるから何にでも効くデトックス剤である
●人間の体液は血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁から成り(四体液説)、多くの病の原因は血液の過多だから瀉血すれば治せる
●同じく、多くの病の原因は黒胆汁の過多だから浣腸で治せる
●ヒポクラテス「火(焼灼法)で治らない病気は不治であるとみなしてよい」
●断食で全部治せる
●電気で全部治せる
●光線で全部治せる
等々、ぶっ飛んだ話が多々出てきます。
万能療法を開発して大儲けし、最終的にはメッキが剥がれて没落するーーという流れを何人もの医師や商人が辿っています。控え目に言って両津みがヤバイです。
軽妙で読みやすい
基本的にこういうノリなので読みやすいです。
けれども、歴史上の的外れな「医療」を嘲笑うばかりではありません。本当に役立つ技術に派生したエピソードや、過去の犠牲者たちに感謝すべきといったことも書かれています。
グロ耐性(重要)のある方は一度読んでみて損はないと思います。
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次回はご推薦いただいた『恋文の技術』を読んでみます。
ディスカッション
コメント一覧
気になりますが、グロ耐性がないので、しばらく様子見しようと思います。精神医療史とSFを混ぜたエクソダス症候群を思い出しました。
作り話でないだけに余計、グロ耐性は必須ですね……。エクソダス症候群も面白そうなのでとりあえず積んでおこうと思います。
管理人さんがこれまで読んだ本の中で
お気に入りのベスト3とかを順に紹介は難しいでしょうか
実はブログ立ち上げ当初に書いたいくつかのレビューがそれに近い感じです。
芥川龍之介『魔術』
http://yomisoku.com/archives/5550980.html
椎名誠『武装島田倉庫』
http://yomisoku.com/archives/5320595.html
村田沙耶香『コンビニ人間』
http://yomisoku.com/archives/5380276.html
甲乙つけ難いですが、その中でのお気に入りはこの3つです。
いきなり自分好みのタイトル挙げてくれて嬉しい
両津み
わかる。スゲーわかる。中近世のヨーロッパ資料読んでるとガチで両津の先祖みたいな人物が続出して震える
バイタリティすごすぎじゃね?あの人ら
ヨーロッパ文明はこうして発展していったんだなぁ
濃い共感ありがとうございます。伝わって嬉しいです。いや本当にバイタリティ半端ないですよねあの人たち。あんまり老害めいたことを言うのもあれですが、テクノロジーによって失われたものの一つという気がします。
紹介された本からは少し外れた内容になります。
センメルヴェイス・イグナーツのことを思い出しました。
パスツールが細菌を発見し、ジョゼフ・リスターが消毒法を確立する以前の話。
イグナーツは「手についた”良からぬ何か”を洗えれば感染症を防げる」事を見つけ、推奨した事を思い出しました。
しかし、当時の医学界はそれを認めず、寧ろイグナーツを冷遇し、果てに精神病を煩い病棟に入れられた後に亡くなりました。
革新的な事だったのに時代が早すぎたのか、理不尽な末路を辿った方でした。
よくなろう系で現代の知識を広めて崇められたりされてますが、実際は理不尽で不遇な目に遭うことが多いものです。
興味深いエピソードありがとうございます。細菌が見つかって万々歳とはいかなかったんですね。本書にも「手を洗わずに手術」という話が出てきてゾッとしましたが、消毒を推奨した人が病棟にまで追いやられていたとは……
ホワイト国除外でできなくなった、フッ化水素横流しで支払ってた分かな?
これ面白いよね
赤ちゃんに麻薬飲ませて大人しくさせるのが流行ってたとか
初っ端から衝撃的でしたね。驚愕すると同時に、子供の夜泣きで苦労していた知人のことも思い出しました。
現代でも似たようなことやってるし、今では正しいと思われていることも未来では笑いの種になるだろう
古今東西、人間ってのはある意味変化しない奴等だ
わりと最近の医療や健康法でも訂正されてますよね。少しずつ「正答率」が上がってきている(はず)のは歓迎してよいことだと思いますが……
ラジウムパンツとかいう頭おかしい健康製品
下ネタになると著者も訳者もノリノリになっている感じが良かったです。
そういう積み重ねで今がある。世界かっ過酷のご先祖の皆様安らかにお眠りください。
え?!いまもまだその積み重ねのうちだって?ひぇっ?!?!
おっしゃる通り未だに途上ですが、麻酔が定着しただけでも本当に良かったと思います。痛いのは嫌です(真顔)
アヘンは薬としてだめなん?
引用しますと、
「社会は今も違法薬物と闘う一方で、麻薬の重い副作用を回避しながら、その鎮痛作用を利用する方法を模索している」(p.98)
だそうです。
>●人間の体液は血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁から成り(四体液説)、多くの病の原因は血液の過多だから瀉血すれば治せる
>●同じく、多くの病の原因は黒胆汁の過多だから浣腸で治せる
>●断食で全部治せる
健康オタだけど、これは間違ってないんじゃない?
全部じゃないけど、この辺は免疫力が上がるから、大抵は効くでしょ
血液に関しては、たぶんやり方次第だとおもうよ
「何でも治せる」という括り方を指して「ぶっ飛んだ話」に列挙しましたが、おっしゃる通り、すっかり間違っているわけではないです。本書でも、現代医学の効果的な瀉血についても触れられていましたが、「血を抜けば治りますからと言い続けて失血死させる」みたいな行き過ぎたエピソードがメインとなっています。
なるほど……
まあ、いい治療法は西洋医学では禁忌だからね……
医者も生活のためにやってるんだよ……
いい医者は、上司に冷遇されるけど、その上司は自分の身内を積極的に、その医者に紹介したりする
そんなもんだよね
医院が組織で、医者も生活者である以上、そういうのはありますよね。
読んでみたかった本なので感想ありがたいです
買う決心がつきました!
それは良かったです。書いた甲斐がありました(*´ω`*)