又吉直樹『人間』の感想


又吉直樹さんの3作目の小説『人間』を読みました。又吉さんの小説は『火花』も『劇場』も読んだので、今のところ全部読んでいることになります。

心境の移り変わり

読んでいて目まぐるしく心境が変わったので、実況風に説明します。

書き出し:
いいっすねえ

序盤:
あーまたこの感じか
好きだけどいつもこれやな

中盤①(ハウスを出るまで):
うおおお超面白ええ
頭おかしなるで

中盤②(ハウスを出てから):
ん……?
ちと雲行き怪しいな

終盤:
なんやこの身の上話セットは……?
あーそういうことか!

こんな感じでした。

 

この作品の構造

大雑把な括り方ですが「クリエイティブな道に進もうとして悶々としている主人公」が『火花』から3作続いたので、さすがに「またか」と思いました。『火花』はヤベエ奴を観察する立場、『劇場』は主人公自身がヤベエ奴、そして『人間』は両方の要素があり、そんな風に並んだことには意義も感じますが既視感は拭えません。

主人公はクリエイターたちのシェアハウスに住み、作品をめぐる揉め事や女性問題を経て、「自分は人間が下手だ」という一つの結論を出します。そして、故郷の沖縄で、自由過ぎる(人間が上手い)父親を自分と対比させます。

端的に言えばそういう話だと解釈しました。ところどころに出てくる芸術論的なものは、「これ細かいところまで全部理解しなくてええんよな……?」と、英語初心者が英文を読む要領でざっくりと読みましたが、それで問題はなかったと思っています。もちろん本題とまったく無関係というわけではありませんが、要は主人公の感じているストレスを右脳で感じられればいいのであって、左脳での理解は完璧じゃなくていいはずということです。

『火花』『劇場』と比べると、この作品はラストがクールダウンなので、納得の終わり方ではありますが終盤の盛り上がりには欠けます。上で書いたように読み物として面白いのは中盤で、特にテンション上がったのは以下の3点です。

①中野に対する熱い(本当に熱い)バッシング
②凡人Aをめぐる事実が判明してからのスピード感
③影島とナカノタイチのレスバ

 



 

影島は又吉さんなのか?

森見登美彦さんの『恋文の技術』の感想を書いた際、「作家が作品中に登場すること」に触れました。その時いただいたコメントをまとめると以下のような感じだったかと思います。
・うまく溶け込んでいればOK
・現実との地続き感を出す効果がある
・本文では気にならなくても、あとがきの「くぅ~疲」的なノリはキツい

『人間』には「又吉直樹」という人物は出てきませんが、「影島」はどう見ても又吉さんがモデルです。

又吉さんが出てくることについてはもう「又吉さんぐらいの人生を送っていると自分を出さずに何か書くのは逆に難しいのだろう」と思ったのですが、一部、「さすがにこれは小説ではなくてエッセイなのではないか」と感じたところがありました。

具体的には主人公と影島が一緒に飲むあたりです。読んでいて『刃牙』の親子喧嘩編を思い出しました。あれは梢江が「一つ叩いてはペチャクチャ、二つ蹴ってはイチャイチャ」とつっこみを入れ、刃牙が開き直って反論することで「わかっててやっとるんじゃ」という勢いが生まれていましたが、本作の件のシーンは「主張する又吉さんとそれを肯定する主人公によるイチャイチャ」であり、誰もつっこまないので、正直「何を見せられているんだろう」と感じました。

 

小説の中に作者の自己主張があって何が悪いのか?

何が悪いのかと聞かれると「別に悪いことではない」という気がします。小説とエッセイは明確に区分されなければならないという決まりもありません。

でも、小説を読んでいる時は「作者の自己主張をダイレクトに読みたくはない」というのが管理人の感覚です。

環境破壊を例を挙げてみましょう。
①「環境破壊はいけない」と主張するエッセイ
②作者自身(としか思えない人物あるいは作者と同姓同名の人物)が「環境破壊はいけない」と主張する小説
③誰かが「環境破壊はいけない」と主張する小説
④「環境破壊はいけない」と誰も主張せず、環境破壊の惨さや具体的な解決策を提示する小説

②より③、③より④のほうが「小説として良い」と思うのですが、いかがでしょうか。

 

以上、「読みごたえはあったけど疑問に感じた点も多かった」という感じです。ここまで書き終わってからAmazonのレビュー読書メーターを見てみましたが、いろんな意見があって面白いですね。

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次回はご推薦いただいた『塩の街』の感想を書きます。