芥川賞とか直木賞とかもういいべ?

1: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 18:53:48.05 0
毎年2作品とか多過ぎだし芥川賞なんて新人賞みたにもんだろ?
なんでいちいち速報メールがくるんだよ?
文学ヲタだけでやっとけや

7: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:07:03.02 0
芥川賞に限らず賞レースに大した意味なんか無い
レコード大賞とか

 

8: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:08:32.22 0
ブッカー賞って権威あるのかな

 

9: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:09:13.86 0
俺が次獲るよ

 

10: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:17:20.70 0
直木賞ならブランド買いしても失敗はしない

 

12: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:20:14.98 0
そりゃ毎年話題になるからニュースにもなるさ

 

13: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:24:50.65 0
毎年選ぶ必要あんのか

 

14: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:26:01.48 0
芥川賞は以前から新人賞だよ
受賞作品は確実に売れるしね出版関係には喜ばれるよな

 

15: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:26:16.90 0
毎年というか夏と冬に二回選んでる



 

16: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:27:48.25 0
M1と全く一緒
話題作って本を売るためにやってる
出版業界がやめるわけがない

 

17: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:28:41.12 0
まあ実際レベルは高いよ

 

18: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:28:59.82 0
本屋大賞よりはよっぽどましだと思う

 

20: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:30:52.75 0
>>18
いやあれもなかなか参考になる

 

19: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:29:41.32 0
クソみたいな賞が多い中
比較的マシだしね

 

21: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:33:31.44 0
本屋大賞は売れるらしいからワイも欲しいなあ

 

22: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:34:28.29 0
審査員が老害ばかり

 

23: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:35:04.22 0
じゃあお前がやれよ

 

24: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:35:22.21 0
若い奴入れだしたら又吉とか入りかねないけどな

 

25: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:36:45.21 0
>>24
読んだことないけど面白いならいんじゃねーの?

 

26: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:37:26.84 0
>>25
なんかお笑いから結局出られないって感じがするからなあ

 

27: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:37:45.81 0
文句ばかり言ってないで
ぼくがかんがえたあくたがわ賞
っての勝手に開催してれば良いよ

 

28: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:38:25.89 0
面白いだけじゃだめだよ

 

29: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:39:48.61 0
そもそも面白いなんて主観だから
客観的に評価できる項目で優れてるものを選べばいい
面白いの読みたい奴は自分の好きな作家みてればいいんだし

 

30: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:48:00.46 0
そもそも芥川賞は面白いものを選ぶのが目的ではないので

 

31: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 19:57:00.68 0
本屋大賞の古い版が芥川賞と直木賞なので
要するにプロモーション

 

32: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 20:11:35.64 0
そもそもこれって文藝春秋が販売促進のためにやってる
自画自賛の賞だろこんななにもすごくないのにすごいかのように
マスコミが報道してるの気持ち悪いんだけど
文春へ対する忖度なの?報道したらスキャンダルもみ消してくれるとか

 

34: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 20:19:10.47 0
>>32
むしろ誰も気にしてないのに
異常に気にしてる君はなんなんだろう

 

35: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 20:29:08.55 0
>>34
気にしてるやつがいるから話題にもニュースのもなってんだろ

 

36: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 20:31:02.76 0
>>35
どうしたの
文藝春秋や受賞者になにかコンプレックスでもあるの?

 

37: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 20:33:36.41 0
>>36
逆にどうしたの気にしてなしならそのまんまにして
コンプレックスもないしただくだらないからそう言っただけ

 

33: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 20:14:05.02 0
凄い凄くないって言われてもな
三島賞だろうがなんだろうが出版社の主催だよ

 

38: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 20:37:09.28 0

事実を報道されて何がムカつく?
巨人が優勝しましたなんてニュースは野球に興味もない俺も
常法のひとつとして見ることになるし
話のネタくらいにはなるさ

ところが君は誰も聞いてないのに文藝春秋の販売がとか
自画自賛とかまるでクビされた社員か落選した奴みたいな口ぶりじゃないか

 

39: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 21:07:34.67 0
文藝春秋発行の書籍だけが受賞するわけじゃあるまいし

 

40: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 21:41:32.23 0
そうは言っても大抵同じような雑誌の作品に落ち着くよね
小学館漫画賞に少年マガジンの漫画もノミネートするけど大抵落選するみたいなもんで

 

41: 名無しの読者さん 2020/01/15(水) 21:44:50.65 0
5誌ぐらいしかないから文芸誌って
最近は図書館も揃えなくなって5000部ぐらいしか売れてないんじゃないかな?

 

42: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 09:16:46.64 0
小説なんて読んでるやつまだいるんだ

 

43: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 09:24:02.90 0
小説を読むメリットでググると
本を読まない人の何がダメか書いてある

 

44: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 09:31:59.89 0
読解力無い奴は読んでも楽しめないからな

 

45: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 09:57:25.45 0
最初から芥川龍之介賞と直木三十五賞は新人賞だろうが
そもそも定期本の売れ行きが落ちるからテコ入れで始めたこと
異様に権威立てているけどコレ一発で消える作家も多いよ

 

46: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 10:00:57.88 0
>>45
直木賞は違うだろ
売れてる作家に与えられる賞だ

 

47: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 10:11:12.08 0
太宰なんて欲しくて欲しくてたまらなかったんだから

 

48: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 11:19:13.69 0
審査員のコメントがウザい。
特に優れた賞取れてない奴のコメントが
ムカつくだろうなぁ

 

49: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 11:20:44.68 0
販促イベントだから

 

50: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 11:21:10.37 0
今の直木賞は功労賞

 

51: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 11:21:11.30 0
田中慎弥の会見が注目されたけどあの人、ゴリゴリのニートだったんだね
かっこいい

 

52: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 11:21:41.75 0
芥川はわかるけど直木って誰かわからん

 

53: 名無しの読者さん 2020/01/16(木) 11:25:38.09 0
湊か誉田どちらかと思ってた
2作目の人が取るなんて事が有ると直木賞の意味合いが変わってしまうな

 

出典:http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1579082028/

 


>>47
太宰、感情むき出しで面白いですね。

芥川賞と太宰治
1  太宰治については、別項で詳細に扱うとして、今回は、太宰治が芥川賞を渇望したという話を取り上げたいと思います。

2  昭和10(1935)年、太宰治(27歳)のデビュー作品である『逆行』と『道化の華』が第1回芥川賞の予選候補になり、『逆行』が最終候補に残りました。
川端康成(欠席)・久米正雄・佐藤春夫・室生犀星・瀧井孝作・谷崎潤一郎(欠席)・小島政二郎・山本有三(欠席)・横光利一・菊池寛・佐佐木茂索の委員が選考した結果、石川達三(25歳)の『蒼氓』が受賞しました。
選考委員の川端康成は、「文藝春秋」(9月号)の芥川賞選考の経緯の中で、「なるほど『道化の華』の方が、作者の生活や文学観を一杯に盛っているが、私見によれば作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みがあった」と書いています。それに激怒した太宰は、「文芸通信」に「川端康成へ」と題して、「私はあなたの文章を本屋の店頭で読み、大変不愉快であった。…私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思いをした。小鳥を飼い、舞踏を見るのが、そんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。…ただ私は残念なのだ。川端康成の、さりげなさそうに装い切れなかった嘘が、残念でならないのだ」と激しく反論しています。
そこで、川端康成は、「太宰氏は委員会の模様など知らぬというかも知れない。知らないならば尚更根もない妄想や邪推はせぬがよい」とやり返しています。

3  昭和11(1936)年、檀一雄の『夕張胡亭塾景観』らが候補作に残りましたが、受賞作はありませんでした。

4  昭和11(1936)年、佐藤春夫は、『晩年』が候補に残っていることを太宰治に知らせました。
そこで、太宰治(28歳)は、芥川賞の選考委員であった佐藤春夫(44歳)や川端康成(37歳)に手紙を出しています。

(1)「拝啓 一言のいつはりもすこしの誇張も申しあげません。物質の苦しみが重なり死ぬことばかりを考えて降ります。佐藤さん一人がたのみでございます。私は恩を知っております。私はすぐれたる作品を書きました。これから、もっともっと、すぐれたる小説を書くことができます。私は、もう十年くらい生きていたくてなりません。私は、よい人間です。しっかりしていますが、いままで運が悪くて、死ぬ一歩手前まで来てしまいました。芥川賞をもらえば、私は人の情けに泣くでしょう。そうして、どんな苦しみとも戦って、生きて行けます。元気が出ます。お笑いにならずに、私を助けて下さい。佐藤さんは私を助けることができます」(佐藤春夫宛書簡)

(2)「謹啓 厳粛の御手翰に接し、わが一片の誠実、いま余分に報いられた心地にて、鬼千匹の世の中には、佛千体もおはすのだと、生きて在ることの尊さ、今宵しみじみ教えられました。『晩年』一冊、第二回の芥川賞苦しからず、生まれて初めての賞金、わが半年分の旅費、あわてず、あせらず、充分の精進、静養もはじめて可能、労作、生涯いちど、報いられてよしと、客観、数学的なる正確さ、一点のうたがい申しませぬ、何卒、私に与えて下さい。一点の駆け引きございませぬ。深き敬意と秘めに秘めたる血族感とが、右の懇願の言葉を発せしむる様でございます。困難な一年でございました。死なずに行きとおしてきたことだけでも、ほめて下さい。最近、やや貧窮、堵書きにくき手紙のみを、多くしたためて居ります。よろめいて居ります。私に希望を与えて下さい。老婆、愚妻を、一度限り喜ばせて下さい。私に名誉を与えて下さい。文学界賞、ちっとも気にかけて居りませぬ。あれはも、二、三度、はじめから書き直さぬことには、いかなる賞にもあたいしませぬ。けれども『晩年』一冊のみは、恥ずかしからぬものと存じます。早く、早く、私を見殺しにしないで下さい。きっと、よい仕事 できます。経済的に救われたなら、私、明朗の、蝶々。きっと無二なる旅の、とも。微笑もてきょうのこの手紙のこと、谷川の紅葉ながめつつ語り合いたく、その日のみをひそかなるたのしみにして、あと二、三ヶ月、苦しくとも生きて居ります。ちゅう心よりの謝意と、誠実、明朗、一点やましからざる堂々のお願い、すべての運をおまかせ申しあげます。(いちぶの誇張もございませぬ。すべて言いたらぬことのみ。)」(6月29付川端康成宛書簡)

5  第3回芥川賞予選通過作品は、10名11の作品が残りました。川端康成は、選考の経緯を「第1回・第2回は、主として瀧井孝作が予選した。今回は菊池、佐藤、瀧井、小島の諸氏と私との合議の予選であった。私は予選資格の作品は悉く読んだ。疑問のものは二度読んだ。…太宰氏の作品集『晩年』も前に読んだ。今回に適当な候補者がなければ、太宰氏の異才などは授賞してよいと思う」と書いています。
芥川賞予選通過作品の得票数までが公表されています。それによると、北条民雄の『いのちの初夜』が8票で最多、太宰治の『晩年』と小田嶽夫の『城外』は4票で同率3位、鶴田知也の『コシャマイン記』は2票で9位でした。
しかし、最終選考の結果は、第3回芥川賞は、小田嶽夫(36歳)の『城外』と鶴田知也(24歳)の『コシャマイン記』の2作品が受賞し、太宰治の『晩年』は落選となりました。

6  太宰治は、『創生期』のなかで佐藤春夫との芥川賞にけるやりとりを暴露しました。佐藤春夫も小説『芥川賞』で、太宰治の妄想癖を書いて反論しました。その内容は以下の通りです。
「第三回芥川賞決定の期がそろそろ近づいて日文夜文に悩まされるころ、太宰は手紙の外に三日にあげず自分の門を敲いた。自分が芥川賞を決定する力があるように思う彼の認識もおかしなものである。というのはこの反対の実例が第一回にきっぱり事実上の結果となって眼前に現れているのを彼は何人よりも明瞭に見た筈ではないか。この認識も滑稽千万であるが、さらに頻繁な手紙や訪問などの懇願が、自分を動かすのに有力だと考える彼の神経も見かけによらず稀代の鈍感なものである」

7  当時、それほど有名でもない芥川賞に太宰治が執着したのはどうしてでしょうか。

(1)太宰は、精神を安定な状態にするために、パビナールという鎮静剤を常用していたといいます。その費用に、芥川賞の賞金500円を当てたかったという説があります。
1909(明治42)年、太宰治は、青森県北津軽郡金木村(今の五所川原市)に生まれました。
1930(昭和5)年4月、太宰(21歳)は、帝大仏文科入学し、井伏鱒二のもとに出入りします。カフェの女給田部シメ子と心中未遂を起こし、シメ子のみが死亡したが、太宰自身は、起訴猶予となりました。
1931(昭和6)年、太宰(22歳)は、実家で県下有数の大地主の津島家から除籍され、小山初代と結婚しました。
1935(昭和10)年4月4日、太宰治(25歳)は、盲腸炎から腹膜炎を併発して阿佐ヶ谷の篠原病院に入院しました。ここで鎮痛剤として使われたパビナールで、以後、太宰はパビナール依存症となりました。太宰が篠原病院に入院中、同郷の青森出身で義弟の小館善四郎が篠原病院に入院してきました。太宰を見舞いに来た妻の小山初代は、画学生小館善四郎と不倫関係に陥りました。
1936(昭和11)年2月、太宰(26歳)は、第3回芥川賞選考の前、佐藤春夫の世話で済生会芝病院に入院します。
10月13日、第3回芥川賞選考の後、精神病院の東京武蔵野病院に入院します。
1937(昭和12)年、太宰治(27歳)は、妻の小山初代と小館善四郎との不倫を知り、初代を図りましたが、未遂に終わりました。
1938(昭和13)年、太宰(28歳)は、小山初代と離別し、石原美知子と婚約しました。
まさに波乱の半生です。

(2)もう1つの理由は、太宰治にとって、芥川竜之介は尊敬する小説家でした。芥川賞と太宰治とのかかわりは、この第三回までであって、文芸春秋社の文学賞で
8  太宰治は、芥川賞から離れ、誰にも気兼ねすることなく、独自の道を歩み始めて、やっと自分の生きる道を発見したのでしょうか。
私には、苦手な人物ですが、苦手な人物を理解することで、私自身も脱皮したいと思います。

出典:芥川賞・直木賞と太宰治ーエピソード高校日本史(294-04)

 

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