ダラダラとした冗長な文章を「読ませる文章」に修正する方法
家にいる時間が多い今こそ、「物書き」に挑戦するチャンス!?
人気児童書作家が小説形式で教える「めんどくさがり」のための文章術https://t.co/aGvp6ZHmir#文章術 #はやみねかおる
書籍:『めんどくさがりなきみのための文章教室』(はやみねかおる/飛鳥新社) pic.twitter.com/lGHcbXOwNq
— ダ・ヴィンチニュース (@d_davinci) 2020年4月4日
面倒なときほどまとまりのある文章を書くチャンス!
文章を書くことが苦手な人にとって、資料作成や企画書は面倒で仕方ない。しかし面倒に感じる人ほど上手な文章が書けるかもしれない。
たとえばダラダラと冗長な文章に出会うと、読み手は目を回して苦戦する。文章は書くのも、読むのも面倒だ。だから良い文章の特徴として「内容がコンパクトにまとまっている」が挙げられる。まずは健が書いた「ダメな文章の例」をみてみよう。
今日は、体育でバスケの試合をした。ぼくらのチームは、4試合して2勝1敗1わけだった。1試合目はバスケ部員のいるチームとの試合で、勝てなかった。2試合目はバスケ部員はいなかったけど、運動神経のいいやつらが集まっていて、引き分けだった。3試合目と4試合目に勝てたのは、敵のミスと、ぼくが打ったスリーポイントシュートが入ったからだ。みんなは、まぐれだと言うけど、ぼくが放課後にスリーポイントシュートの練習をしていたことを、みんなは知らない。そのあとの給食の鶏肉のチリソースは、とてもおいしかった。
ふーむ、冗長で読みづらい。この文章の最大の問題点は、読み手に何を伝えたいのか決めきれていないこと。文章のポイントがまとまっていないのだ。
そこでダナイは「健が書きたいことはなに?」と聞く。健は「バスケの試合で活躍したこと」と答えた。
ならば前半の「1試合目と2試合目の結果」や「鶏肉のチリソースがおいしかったこと」は必要のない情報。ダラダラ書くのは面倒なので、思い切ってカットしよう。ただし「鶏肉の~」という一文を、「給食がおいしかった」に書き変えて、勝利の余韻を出す方法もある。
というわけでダナイが添削した文章が以下だ。
今日は、体育でバスケの試合をした。1勝1敗1わけで迎えた第4試合。ぼくのスリーポイントシュートで勝つことができた。みんなは、まぐれという。でも、彼らは知らない。ぼくが、放課後にスリーポイントシュートの練習をしていたことを――。
そのあとの給食はとてもおいしかった。このように伝えたいポイントをコンパクトに引き立てて書くだけで、「冗長な文章」が「読ませる文章」に生まれ変わる。
ここでおさらい。「文章を書くのがめんどくさいな」と思ったときは大チャンス! まずは読み手に何を伝えたいのか、ポイントをぎゅっとしぼってみよう。しぼりきれないときは「Twitterでつぶやくならどうする?」と考えてみるといいそうだ。
ポイントが決まれば、コンパクトを意識して書いてみる。無駄な情報をどんどんカットして、伝えたいことだけを文章に入れ込んでいこう。これができれば書き手も読み手も、みんなハッピーな文章が生まれるのだ。
出典:ダ・ヴィンチニュース
Twitterでの反応
お‼️この本気になる…(*゚∀゚*)
『めんどくさがりなきみのための文章教室』
人気児童書作家が小説形式で教える、めんどくさがりさんのための文章術だって😊https://t.co/kI1A5RcUaP…#こういうときこそ本を読もう #おうち時間 #こんなときこそ本を読もう #読書好きな人と繋がりたい #読書 pic.twitter.com/Pm2oj7ChDr
— ほほほほほみま@ゆるゆる神様図鑑古代エジプト編応援団長 (@yehTanaBotta) 2020年4月6日
これはいい!参考にしよう!
小説を読むだけで文章がうまくなる! 人気児童書作家が小説形式で教える「めんどくさがり」のための文章術 https://t.co/mCYz2SC6ye #スマートニュース
— TAKE@演劇・小説・漫画をゆるゆる楽しもう (@engekireview) 2020年3月24日
「ツイッターなら書きやすい」という感覚。
(はやみねかおる『めんどくさがりなきみのための文章教室』P26〜27) pic.twitter.com/b0Rt9gua5e— 本ノ猪 (@honnoinosisi555) 2020年4月3日
この本は欲しい!
自分に当てはめるとすれば、
詩集とか戯曲といったところ?承知はしてるんだけどね。
来年度からやろう。小説を読むだけで文章がうまくなる! 人気児童書作家が小説形式で教える「めんどくさがり」のための文章術 | ダ・ヴィンチニュース https://t.co/Ww07ZEXp1R @d_davinciより
— knne (@naonaochin) 2020年3月24日
修正前の文章、見事に目が滑りますね。
ディスカッション
コメント一覧
参考になりますね。
情報を羅列するのではなく読者に伝えたいことと、与えたい印象に焦点を絞る必要があるということですな。
文章を短く簡単に、それでいて伝えたい事が伝わるように書く能力は重要だよな。米欄とかでも長々書く人いるけど内容が重複してたり無駄な文が混じってたり、もうちょい短くできるだろって文多い
要約すると、伝えたいことを意識して、余計な情報は減らしたほうが文は読みやすくなる、ってことかな。
変な話だが「キンキンキン」もこういったところが書籍化の要因だったりするのだろうか。
地の文で「剣と剣がぶつかりあって~」と書くよりも「キンキンキン」の方が音を真っ先に想像できるから俺は名文だと思ってる
ぶっちゃけ同意
堅い文章しか書けないが目指す先はあそこだわ
「キンキンキン」系の擬音は
読者の想像に全力でお任せする表現だから
使うなら注意して使うんやぞ?
あと「キンキンキン」の作品は読んだ限り
「余分な情報を全力で削ぎ落してその分だけ次々にストーリーを伝えていく」スタイル
なので優秀な一面もあるが
文章が少ないから「細かい情報を届けられない」というデメリットもがっちりある
例えば
「震えて涙があふれる」「嬉しさで涙がこぼれる」「恐怖のあまり涙が頬を伝う」
とかの表現を全部「泣いた」などの簡略した表現で統一するとかな
この簡略した表現のせいで読者によっては
「正確なシーンが想像できない」に繋がることがある
単に目指すだけだと悪い面ばっかり吸収する可能性もあるから
ちゃんと理解して、良いところだけを吸収するように意識することが
俺的にはオススメやで
まあ、これが完璧にできればもうプロの技なのだが、なかなかそうはいかないな。
個人的には、なんか文字が固まっている部分(要は長い文章)は、適当に会話やさりげない描写を入れて分けるようにしている。
会話と描写のバランスが大事だと思う。
説明や描写がダラダラと続く小説は分かりづらくて読む気がしなくなるし、会話ばかりだとバカっぽくなる。
書いている時はなかなか気付かないので推敲が大事・・・疲れるけど。
あいつらはまぐれだと根拠のないことを言い振りまくが……実は、陰で3PSの練習をしていたんだ。俺の努力を理解しない愚かな奴らめニチャァ
勝った後の飯は給食でも上手く感じるものだ
長さはそのままでもこうすりゃなろう層にはむしろ受けるぞ
テイストの問題もあるんじゃないかね。努力だけしてましたと言いたいなら飯の部分もいらんぞ
実際、努力設定(努力チート)が少し流行っていたときには「正々堂々叩き潰すのは気分が良いなぁ。ズルしてきた君には分かんない話だろうけどね」みたいなこと言う主人公が多かったな
不可能だと言われている修行描写も、噛ませ役がプークスクスと笑うシーンを混ぜてヘイト溜めを兼ねるだけで、案外なろうでもいけるのかもな
それでいいのって感じだけど
そりゃ、簡潔に伝わる文章という技法としてみればいいんだけど、このテクニックを覚えれば小説家とか脚本家になれる、みたいな扱いで紹介されるとなんだかなぁ……って思う。
基本的に、文章を書くテクニックと物語を書くテクニックって根本的に違う。
自動車教習所で習う安全運転テクニックと、F1レースで勝つ運転テクニックぐらい違う。
物語制作には、与えられた題材から、どのように構成を練ることによってドラマが生まれるのかっていう定石となる理論があるのであって、そういうのを知らないまま、文章だけをわかりやすく書いても何の意味もない。
特に物語の素人ほど「バカ正直に出来事を紹介する」っていう癖があるけど、それは報告書や公文書、ニュース記事、ルポルタージュなどで用いられる、わかり易い文章としては問題ない。
だけど、うまく出来事の説明部分を小出しにしておいて最後は驚くような展開に持っていくっていう、物語の技法とはそれは矛盾するわけで。
それに、物語は登場人物が嘘をついたり、敵からはその情報が見えていても、主人公からは見えないなどの状況を考えつつ内容が展開するなどもある。
そういう色んな人の立場に立った状況っていうのを想定できないと、世界を俯瞰して理詰めで出来事をひたすら羅列したような、一方的な内容になるし。
そういう意味でも、素人の語る「文章力」っていうのは曖昧だし、評価としても参考にならないってのがあるんだよなぁ……
(目が滑る…)
申し訳ないが、記事の引用は「文章を読ませるものにする方法」という内容で、どこにもこれだけで小説家になれるとは書いてないぞ。
そして、おっしゃることは正しいんだが、似たような内容が記事本文で紹介されているんだ。
時論を展開するのは結構だが、もう少し本文読み込んだほうがいい。
「小説家を目指すならば、好きな映画やドラマをたくさん観て、どの部分に感動したのか自分に問いかけてみよう。そこから出てきた答えが、本当に書きたい「小説のテーマ」になる。
文章を書くことは、とても厄介だ。誰かと対面で話すときは雰囲気やニュアンスで伝わるけれど、文章は文字からしか情報が伝わらない。結果、社会人は資料作成や企画書を面倒に感じ、小説家志望は大事な原稿を投げ出してしまう。
けれどもめんどくさいと感じたときほど大チャンス。そこには工夫や進化の余地があり、乗りこえられたときに自分の成長が待っている。そうやって努力を続けるうちに、いつの間にか資料作成や企画書が得意になったり、小説家デビューの夢が叶ったりするものだ。きっと本書は、そのきっかけとなってくれるはずだ。」
↑ 記事内容のココの部分をみたら、小説家を目指すっていう方向性を含有してると普通考えるんじゃないですかね。
ぶっちゃけ、この手のフィーリング的な理論ってもうシナリオ制作現場では30年前ぐらいに「実務においても応用が効かないし、教育理論としても感性に頼りすぎていて一貫性がなく使えない」っていうことになってんだよなぁ。
ガチの制作現場だと「どんな内容や題材でも物語に変える、どんなマーケティング内容にも合わせて設計する、どんな変更にも耐えられるように設計順番を組む」っていう技法がないと今は実用に耐えない。
なぜかと言うと、昔は個人の感性で適当に書いたものが売れたけど、今はちゃんと流行要素をくみいれたりしないといけないし、脚本家や小説家も、一年に何作も書かないと生活が出来ないから。
ベストセラーを数作書けばパトロンがついて一生食っていけるっていう時代じゃないからね。
どんな題材においても安定したクオリティを出せないといけないし、色んな人達とチームを組んで設計するっていう意味合いに置いても、物語の構造を論理的に説明して打ち合わせをしたり、弱いクリエイターの弱点を埋めてあげたりっていうことが出来ないと意味がない。
正直そういう意味で、この手の「文章をうまくする」っていう所から「小説家や脚本家を目指す」っていう流れってのは現実の仕事に沿ってないと言わざるを得ないんだよ。
とりあえず現場にまで話を拡張するのはよそうか。そういうところがだらだらした冗長な文って言われるんだよ。
ただ、文章糞でも売れてる小説とか山ほどあるからあなたの話には説得力がある。
実際、俺もこれは文章力、表現力向上のための本で、プロの作家になるための本だとは思えないわ。
ところで、教育理論について語っていたけど、弱いクリエイターってどんな風に育成してるの?
まずコレ子供向けに文章の書き方を教える本
物語の作り方の本ですら無いモノのおまけが現場で通用しないと言われてもそうですねとしか言い様が無いけど、困る
内容全部盛っても、もうちょっと読みやすく出来そうだけどな。冗長には変わりないんだろうけど。
今日は体育でバスケの試合をした。計4試合だった。
1試合目は負けた。相手チームにバスケ部員がいたから仕方ない。
2試合目は引き分けだった。バスケ部員こそいなかったが、運動神経の良い人たちが集まっていたのだ。
3試合目は、勝てた。敵のミスのおかげだった。
そして、1勝1敗1わけで迎えた4試合目。
勝てた。
ぼくのスリーポイントシュートが決まったおかげで。
みんなには、まぐれと言われた。彼らは知らないのだ。ぼくが放課後にスリーポイントシュートの練習をしていたことを。
そのあとの給食で、勝利の余韻とともに噛みしめた鶏肉のチリソースは格別に美味しかった。
小説じゃなくて資料とか企画書の話ね
小説家としての文章力を鍛えるならノウハウを意識するよりとにかく美文名文を大量に読むのが良いと思う
ワイは最初の未だに興奮覚めやらぬ感じも好き
普段は要約した文で書いて、ここぞという時に書けば興奮してるのを表すことができそう
これ
社会人か大学生がこの文章を書いていたら添削するのもいいが
小中学生が書いた物なら余計な添削すんなって個人的には思う
これが高学年くらいの子の文章なら、一試合目のバスケ部員は上手だったのか? 二試合目の陽キャ連中と引き分けた時はどう思った? 書いた文章を褒めて次からはそこも書いて欲しいと注文したい
小さいうちから「要らん事書くな」は無いわ
箇条書きでもええねん、文章力なんか後でどうにでもなる
このタイトルで長いコメがあるのウケるなw
読書感想文とかいう悪習に論旨が展開するかと思いきや、普通だった。
例文、勝利の余韻をふとぶったぎった飯こそが本題だと思う。
いや、余韻を切るほどその飯が旨かったのか、余韻からくるうまさだったのか。
そのどちらか、ハッキリとはわからないが少なくとも言えるのは二つの幸せがあったということ。
鶏肉のチリソースってメニューも含めて残した方が面白いと思うけど、それだとバスケでの活躍がぼやけるってことなのかな
なんかな
小説の文章ってそんなに大事?
ぶっちゃけ小説の文章は見せ方や構造の問題であって、美文や綺麗な文章書けるかどうかってことではないと思うんだけどな
(ラノベとかの場合は特に)
分かりやすい文章は大事だし、自分のコメントのように考えてることをダラダラ書いてても仕方ないけど、でも一部の作者さんは文章そのものを追求するあまり、文芸のような重い、硬い文章でファンタジー書いてて、それはそれでどうなんだって思う
どういった視点で物語を展開するかとか、その場における状況(特に文章で明記してないキャラの動きや他の状況)をいかに作者が想定して文章書いてるかのほうが大事だと思う
助長だから削って書けばいいというものでもないと思うし、読みにくいと感じたら文章をスリム化することより、視点や状況設定をきちんと整理して書くことのほうが結果的に読みやすい文章になると思うんだけどな
どんなに優れた文章でも、読みにくい、めんどくさい文章ってある
個人的には全面同意
ストーリーが面白いのより大事な事無いのになあ
この作家さんの添削で健少年? の文章は大人が書いたみたいに綺麗に仕上がったが少年が表現しようとしていた事がいくつも死んだ
この少年が作家を目指しても出来上がるのは他人の文章や物語を上手に真似られるだけのテンプレ作家や、書籍化は出来るかもしれないけれd
やっぱこの人気児童書作家の方が正しいわ
なろう系の台頭っぷり見るからに、最近はストーリーの面白さよりもストレスなく読めるかが大事になってるからなぁ
なろう系のヒット作はむしろ冗長な文章が多い
設定ばかり書き連ねてたり本筋とはかかわりのない独り言で埋め尽くされていたり
読みにくい、めんどくさい文章って優れてなくね
というか、文章は凝らなくていいと思うよ
読みやすくて状況が分かりやすくて簡潔な文章なら問題ないと思う
大事なのはその中に出てくる表現で、どういう表現をするかが美しい文章か否かじゃないかな
世の中には「論文脳」を持っている連中がけっこういて
そいつらは小説や詩に対しても
「で、結論は?」
「で、要点は何?」
「もっとすっきりした書き方してよ」
「論点ずれてますよー」
と考える
冗長を助長と書くレベルの奴が言うと説得力があるわ(笑)
先生に「最低〜行以上書いてねー」とか言われて仕方なく水増した文章じゃん
下のは3行も少ないし最後の2行もスカスカだし書き直しで居残りだね可哀想に
伝えたいことを全部書くと助長になった
これはわかるんだけど、だから削ってしまおうになるのはいかんと思う
伝えたいことをより整理してより分かりやすく展開していこうって形にしていかないと、文章がストーリーや展開、物語に繋がっていかない感じがする
やむ無く削るにしても、それは最後の手段にすべきであって、文章が下手だと感じたら、学ぶべきなのは文章表現の方法ではなく、構成の方法だと思う
添削する前の文章、村上春樹っぽくね?
今日は、体育でバスケの試合をした。ぼくらのチームは、4試合して2勝1敗1分けだった。
1試合目はバスケ部員のいるチームとの試合で、勝てなかった。
2試合目はバスケ部員はいなかったけど、運動神経のいいやつらが集まっていて、引き分けだった。
3試合目と4試合目に勝てたのは、敵のミスと、ぼくが打ったスリーポイントシュートが入ったからだ。
みんなは、まぐれだと言うけど、ぼくが放課後にスリーポイントシュートの練習をしていたことを、みんなは知らない。
そのあとの給食の鶏肉のチリソースは、とてもおいしかった。
空行&改行を突っ込んでみた。
十分読みやすいし、削る必要も無さそう。むしろ次の目標を付け足して良いぐらい。
昨今は飯物が流行ってるので、鶏肉のチリソースは残すべきだろう。
現に私はそれが食べたくなってきたし、そう思うのは私だけじゃ無いはずだ。
ちなみに、段落の頭を字下げすると逆に読みにくくなるので(ウェブサイト等の話)、それはやめといてほしい。(少なくとも私は)
添削後は絞り過ぎた結果情報量が少なすぎて小説としてはいまいちだと思う
売れてたり評価の高い作品でこんなシンプルな文章ほとんど見かけたことないわ(あるかもしれないが記憶にはない)
ノンフィクションならいいかもしれないけどフィクション作品でこれは逆効果じゃないか
文章そのものをいかに手直しして、無駄を削り完成させるかより、元の文章を尊重しつつ、そのまま素材としての本来の魅力いかに引き立てるかというのが演出だと思う
商業的ヒット作というのは大概そういうものだと思う
作中作で子供が書いた日記という設定なら添削前のがいい感じだな
下げ上げを意識+描写に分かりやすく感情をのせるようにいじってみた。練習してたのに負けた悔しさってあると思うんだよなぁ。あんまりサクッと流したくない。
今日の体育はバスケの試合だった。
ぼくらのチームは、バスケ部員のいるチームに負けて、運動神経のいいやつらに引き分けて。
けれども残り2試合。
ぼくらは勝つことが出来た。
敵のミスもあったのだけど、ぼくはぼくのスリーポイントシュートが決め手だと思っている。
だって、みんながまぐれだと言ったスリーポイントシュートは、ぼくが放課後ずっと練習していたものだったから。
だからだと思う。そのあと給食で食べた鶏肉のチリソースはいつもよりずっとおいしかった。