川越宗一『熱源』の感想と、人物描写のタイミングについて
こんばんは。管理人です。
第162回直木賞受賞作、川越宗一さんの『熱源』を読みました。以下、ネタバレ的なものを含みます。
寸感
めっちゃ面白かったです。大冒険です。うねる時代の中でどう生きるか、一人一人の選択と気の遠くなるような努力に胸を打たれました。群像劇的でありながら、「熱」というモチーフでしっかり繋がっていて、まとまりがあります。
冒険と言えば
『ゴールデンカムイ』のファンにおすすめと言われています。
#熱源
作者は不本意かもしれませんが、ゴールデンカムイ好きには結構たまりません。ウイルクとキロランケの物語を見ている感じです。 pic.twitter.com/x7xAqa2C1F— ふみQ (@XXgZzAnljRk2MAu) 2020年1月28日
『熱源 川越宗一』感想イラスト。『ゴールデンカムイ』でアイヌに興味を持った人には特におすすめの1冊。イラストで描いた以外にも、民俗学を学んでたソ連の女兵士と、五弦琴をひくアイヌの女性が出会う場面とか、めちゃくちゃいいエピソード山ほどあるので、興味のある方はぜひ!! pic.twitter.com/9qMGVoFUZz
— ロッテンマイヤー (@y7LuoTv8SJ4eZrJ) 2020年2月11日
読み始めた『熱源』。
終戦時のロシアから時間が遡り舞台は北海道へ。
アイヌの生活は脳内ビジュアライズが『ゴールデンカムイ』になってしまう。(それがよい)
文章は想像以上に心地よいリズム、歴史小説にありがちな硬さがない。
まだ1章、続きを読み終えてしまう未来にすこし寂しさを感じる。 pic.twitter.com/MoSLWNqYbD— ザレ (@cesaretaste) 2020年2月9日
新撰組残党も跋扈する北の大地の黄金を巡る戦い『ゴールデンカムイ』でアイヌ文化に興味を持たれた方々📢直木賞受賞作川越宗一氏『熱源』を是非!登場するのは異国の暗殺者に文学史に名を刻む面々、“開化”の名の下の文明侵略!まずは中島京子さんの熱すぎる書評をこちらで https://t.co/dSquGpQwPr(朋)
— ALL REVIEWS 友の会 (@a_r_tomonokai) 2020年1月16日
管理人も帯に「『ゴールデンカムイ』並みにするする入ってくる(丸善ラゾーナ川崎店・市川淳一)」と書いてあるのを見て、「それなら取っ付きやすそう」と思って買いました。文芸不遇の時代、こういうアピールの仕方は非常に有効だと思います。
話の中心がアイヌで、パワフルかつ容赦ない物語なので、確かにゴールデンカムイ的です。が、「良くない意味で『ワンピース』に似ている」とも思いました。登場人物が少ない頃は読みやすくて濃ゆいのですが、話のスケールが大きくなると共に緻密さが減ってやや大味になっていきます。数巻かけて書いたら違ったのかも……と思います。とは言え、一巻読み切りだから多くの人が手を出しやすいという長所もあり、天秤にかければその長所に軍配が上がります。
好きなキャラ
シシラトカが格好良かったです。彼が場にいてくれると安心感があります。ああいう人に幸せになってほしいのですが、現実はどうでしょうか(謎の問いかけ)。
ヤヨマネクフとブロニスワフ、主人公2人も格好良いです。ただ、物事の見方や雰囲気に似ているところがあって、2人いるせいでやや薄まっているというか、「脇役たちのほうがキャラは立っている」と感じました。ゴールデンカムイでいうとスギモトが2人いるような感じです。ヤヨマネクフとブロニスワフの間に共通項が多く、そこが見どころとも言えますが、せっかくのダブル主人公なのに視点が変わっても読み味が似ていて、少々もったいない気がしました。『水滸伝』を読んだ方は、後半の新キャラで「こいつ前にも出てこなかったっけ?」と思わなかったでしょうか。あの現象とちょっと似ています。
人物描写のタイミングについて
「3人の少年が1人の少女のもとを訪れるシーン」、物書きの皆さんは各人物の描写をどんなタイミングで行いますか?
作品による? はい、それはそうなんですが、まぁ聴いてください(・∀・)
少し長くなりますが引用します。
「好きだ、キサラスイ!」
目があった瞬間、吸い込まれるようにヤヨマネクフは叫んだ。
三月の青空の下、雪解けで騒々しく膨らんだ石狩川の川辺は、まだ肌寒い。だが体は灼けるような熱を感じている。
「なんでお前が言うんだ!」右に立つシシラトカが悲鳴を上げる。
「へえ、話が違うね」小さい背丈で追いついてきた千徳太郎治は、幼い声でしかつめらしく言う。
――俺は、何を言っているんだ?
思わぬ自分の行動に、ヤヨマネクフは恐怖した。
三人の目の前、ちょうど頃合いの大きさの石に腰掛けていたうら若き乙女は、抱くように五弦琴を弾いていた手をぴたりと止めた。
乙女の、やや硬く艶やかな黒髪は幅広の鉢巻で優雅に整えられている。海豹の皮で作った銀色の衣に、飾り金具やら小刀やらを下げた帯を締めている。大人びた秀麗な眉目と入墨がないため幼くも見える口元は、何かの境界線に漂うような儚さがある。
キサラスイ。当年数えで十七歳の彼女は、八百人を超える人が暮らす対雁村でも一番の美人であるともっぱらの評判だった。
「こいつの話はいい」
シシラトカが、ヤヨマネクフをぐいと押しのけて一歩前に出た。太く豊かな眉を吊り上げ決然たる顔つきをしている。つんつるてんの絣の裾から露出する白い脛が、いたいけにも情けなくも見えた。ただしヤヨマネクフも、同じような恰好をしている。p.17~p.18
ここまで来てまだヤヨマネクフと太郎治は大して描写されていません。この後、セリフのやりとりがあってから太郎治の描写、さらにしばらく空いてからヤヨマネクフの描写が行われます。
描写というのは言葉の使い方だけでなくタイミングによっても読者に与える印象が大きく変わります。
例えば、
①全員の描写を一通りやってから会話に入る。
②全員、第一声の直後に描写する。
という選択肢もあるわけです。しかし本作は「ほとんど誰の描写もせずに会話した後、まだ一言も喋っていないキサラスイの描写を丁寧にやり、シシラトカの描写を簡潔に済ませる」という構造になっています。いろんなパターンがあり得る中、最良の選択がされていると思います。ついでに言えば、「手をぴたりと止めた」、「一歩前に出た」と、ワンアクション置いてあるのも見事です。
描写をしている間は物語の進行が止まります。故に、最適なタイミングを見極めることが重要です。
(たとえ話をすると曲解されがちなんだよなあと思いつつ)観光地のガイドを思い浮かべてみてください。同じ場所を案内するのでも、一気に説明して無言で歩くより、歩きながら、あるいはたまに立ち止まって解説するほうが楽しそうではないでしょうか。
もし気が向いたら、ご自分の作品がどんなタイミングで描写をしているか、見直してみてください。
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ところで
先日まとめさせていただいたこちらの記事、
「こんな時だから家で本を読もう」なんて言えない
本当にそうだな……と思っています。「空き時間は増えたけど頭を使うことには食指が動かない」という人が今は結構多いような気がします。
そこで次回は、小説はいったんお休みして、比較的短い巻数で完結している漫画のレビューを書こうと思います。
ディスカッション
コメント一覧
今悩んでるところをまさに言い当てたような記事でした
アドバイスありがとう。観光ガイドになった気分で書き直してみようかな
本も読んでみたくなりました。紹介文だけでもう面白いのがわかるわ
ありがとうございます。お役に立てて良かったです。
よろしければぜひお手に取ってみてください。こういう作品が選ばれるならまだまだ文芸も捨てたもんじゃないなあと思います。
昭和や近代に興味が持てずファンタジーが好きな人間はどう楽しめばいいでしょうかね(ファンタジーよんでろ)
無理することはないと思いますが、一瞬でも気になった時にえいやっと手を出してみるといいかもしれません。新しい世界が開けるかもです。
キャラの描写は、映画でのカメラワークに似ているかな。
その場に何人いようとも、どれほど物語において重要であろうとも、その場でクローズするのはその場面で必要なキャラだけですよね。
引用文だけでも簡潔だけど動きもあって、面白いですね。
読みやすいですし、さすがプロ。
今度読んでみます。
おっしゃる通りで、絵コンテ・カメラ捌きに「監督」の技量があらわれますよね。
ありがとうございます。レビューした甲斐があります。