川越宗一『熱源』の感想と、人物描写のタイミングについて


こんばんは。管理人です。

第162回直木賞受賞作、川越宗一さんの『熱源』を読みました。以下、ネタバレ的なものを含みます。

 

寸感

めっちゃ面白かったです。大冒険です。うねる時代の中でどう生きるか、一人一人の選択と気の遠くなるような努力に胸を打たれました。群像劇的でありながら、「熱」というモチーフでしっかり繋がっていて、まとまりがあります。

 

冒険と言えば

『ゴールデンカムイ』のファンにおすすめと言われています。

管理人も帯に「『ゴールデンカムイ』並みにするする入ってくる(丸善ラゾーナ川崎店・市川淳一)」と書いてあるのを見て、「それなら取っ付きやすそう」と思って買いました。文芸不遇の時代、こういうアピールの仕方は非常に有効だと思います。

話の中心がアイヌで、パワフルかつ容赦ない物語なので、確かにゴールデンカムイ的です。が、「良くない意味で『ワンピース』に似ている」とも思いました。登場人物が少ない頃は読みやすくて濃ゆいのですが、話のスケールが大きくなると共に緻密さが減ってやや大味になっていきます。数巻かけて書いたら違ったのかも……と思います。とは言え、一巻読み切りだから多くの人が手を出しやすいという長所もあり、天秤にかければその長所に軍配が上がります。

 

好きなキャラ

シシラトカが格好良かったです。彼が場にいてくれると安心感があります。ああいう人に幸せになってほしいのですが、現実はどうでしょうか(謎の問いかけ)。

ヤヨマネクフとブロニスワフ、主人公2人も格好良いです。ただ、物事の見方や雰囲気に似ているところがあって、2人いるせいでやや薄まっているというか、「脇役たちのほうがキャラは立っている」と感じました。ゴールデンカムイでいうとスギモトが2人いるような感じです。ヤヨマネクフとブロニスワフの間に共通項が多く、そこが見どころとも言えますが、せっかくのダブル主人公なのに視点が変わっても読み味が似ていて、少々もったいない気がしました。『水滸伝』を読んだ方は、後半の新キャラで「こいつ前にも出てこなかったっけ?」と思わなかったでしょうか。あの現象とちょっと似ています。

 

人物描写のタイミングについて

「3人の少年が1人の少女のもとを訪れるシーン」、物書きの皆さんは各人物の描写をどんなタイミングで行いますか?

作品による? はい、それはそうなんですが、まぁ聴いてください(・∀・)

少し長くなりますが引用します。

「好きだ、キサラスイ!」
 目があった瞬間、吸い込まれるようにヤヨマネクフは叫んだ。
 三月の青空の下、雪解けで騒々しく膨らんだ石狩川の川辺は、まだ肌寒い。だが体は灼けるような熱を感じている。
「なんでお前が言うんだ!」右に立つシシラトカが悲鳴を上げる。
「へえ、話が違うね」小さい背丈で追いついてきた千徳太郎治は、幼い声でしかつめらしく言う。
 ――俺は、何を言っているんだ?
 思わぬ自分の行動に、ヤヨマネクフは恐怖した。
 三人の目の前、ちょうど頃合いの大きさの石に腰掛けていたうら若き乙女は、抱くように五弦琴を弾いていた手をぴたりと止めた。
 乙女の、やや硬く艶やかな黒髪は幅広の鉢巻で優雅に整えられている。海豹の皮で作った銀色の衣に、飾り金具やら小刀やらを下げた帯を締めている。大人びた秀麗な眉目と入墨がないため幼くも見える口元は、何かの境界線に漂うような儚さがある。
 キサラスイ。当年数えで十七歳の彼女は、八百人を超える人が暮らす対雁村でも一番の美人であるともっぱらの評判だった。
「こいつの話はいい」
 シシラトカが、ヤヨマネクフをぐいと押しのけて一歩前に出た。太く豊かな眉を吊り上げ決然たる顔つきをしている。つんつるてんの絣の裾から露出する白い脛が、いたいけにも情けなくも見えた。ただしヤヨマネクフも、同じような恰好をしている。

p.17~p.18

 

ここまで来てまだヤヨマネクフと太郎治は大して描写されていません。この後、セリフのやりとりがあってから太郎治の描写、さらにしばらく空いてからヤヨマネクフの描写が行われます。

描写というのは言葉の使い方だけでなくタイミングによっても読者に与える印象が大きく変わります。

例えば、
①全員の描写を一通りやってから会話に入る。
②全員、第一声の直後に描写する。

という選択肢もあるわけです。しかし本作は「ほとんど誰の描写もせずに会話した後、まだ一言も喋っていないキサラスイの描写を丁寧にやり、シシラトカの描写を簡潔に済ませる」という構造になっています。いろんなパターンがあり得る中、最良の選択がされていると思います。ついでに言えば、「手をぴたりと止めた」、「一歩前に出た」と、ワンアクション置いてあるのも見事です。

描写をしている間は物語の進行が止まります。故に、最適なタイミングを見極めることが重要です。

(たとえ話をすると曲解されがちなんだよなあと思いつつ)観光地のガイドを思い浮かべてみてください。同じ場所を案内するのでも、一気に説明して無言で歩くより、歩きながら、あるいはたまに立ち止まって解説するほうが楽しそうではないでしょうか。

もし気が向いたら、ご自分の作品がどんなタイミングで描写をしているか、見直してみてください。

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ところで

先日まとめさせていただいたこちらの記事、
「こんな時だから家で本を読もう」なんて言えない
本当にそうだな……と思っています。「空き時間は増えたけど頭を使うことには食指が動かない」という人が今は結構多いような気がします。

そこで次回は、小説はいったんお休みして、比較的短い巻数で完結している漫画のレビューを書こうと思います。

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