男「“武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないぞ!”って言うだけの人生だった」

冒険者「この剣ください!」
武器屋「1500Gね」
冒険者「これで」
武器屋「毎度ありー!」
冒険者「よーし、この剣でモンスターや悪党を倒しまくるぞ!」タタタッ
男「ちょーっと待った」
冒険者「え」
男「武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないぞ!」
冒険者「あ、はい……」
冒険者(なんだったんだ、あの人……)
町民「おっ、君も彼に話しかけられたのかい?」
冒険者「ええ、武器や防具はちゃんと装備しろって……」
町民「ハハハ、やっぱり。彼はあの一帯の清掃員でね、店で買い物した皆にそう言うんだ」
冒険者「そうなんですか」
冒険者(変わった人もいたもんだ……)
男(さて、今日も掃除するか)
男「……」サッサッ
男「……」ゴシゴシ
戦士「やったぜ! 新しい防具買っちまった!」
男「!」
男「武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないぞ!」
戦士「お、おう」
男「そこの君!」
男「武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないぞ!」
剣士「はあ……」
男「もしもーし!」
男「武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないぞ!」
女僧侶「ご丁寧にありがとうございます」
男(さて、帰りは肉屋で豚肉でも買って帰るとしよう)
時には……
男「武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないぞ!」
荒くれ者「あぁ?」ギロッ
男「え……」
荒くれ者「なんなんだぁ、てめえ?」
荒くれ者「んな分かり切ったことをいちいちうっせんだよ!」ガシッ
男「ひっ!」
荒くれ者「俺をナメてんのか、あぁん!?」
男「いや、ナメてるわけじゃなくて、ナメないように、と……」
荒くれ者「ナメんじゃねえぞ、クソがァ!」
バキィッ!
男「ぐはっ……!」ドサッ
荒くれ者「ナメてっと、こうなるんだよォ! オラッ! オラッ! オラッ!」
ドカッ! バキッ! ガッ!
冒険者「なにやってんだ!」チャキッ
荒くれ者「ゲッ!」
荒くれ者「ちっ……!」タタタッ
冒険者「――大丈夫ですか!?」
男「あ、ああ……」
冒険者「立てますか?」
男「大丈夫……立てるよ……。すまないね……」
男「君は……見たことあるな。だいぶ逞しくなったようだね。嬉しいよ……」
冒険者「あなたこそ、相変わらず声かけを?」
男「日課だからね……。いや、日課というより習慣か……」
冒険者「……」
冒険者「前から聞きたかったんですが、どうしてこんなことを?」
男「……」
男「私があの一帯の清掃員だということは知ってるね?」
冒険者「ええ、知ってます」
男「まだ私が仕事を覚えたての頃、同じように新米の冒険者がいたんだが……」
男「ピカピカの武器と防具を買って、初めての冒険に出ようとしていたんだ」
男「その時、私はついこう話しかけてしまったんだ」
男「“装備するのが勿体なくなるくらい、綺麗な武器や防具だね”と」
冒険者「!」
男「彼は、“まったくだ”と笑って、武器や防具をそのまま大切そうに抱えていったよ」
男「その後、彼は装備をしないまま魔物がいる区域に向かってしまった」
男「もちろん、出現区域の近くで装備しようとしたんだろうが――」
男「その日は運悪く、魔物がいつもと違う場所にいた。つまり、出現区域の外に……」
男「そして、彼は襲われ……死んだ」
冒険者「……そんなことが」
冒険者「でも……それはあなたのせいでは……!」
男「かもしれない」
男「だけど、あの時“ちゃんと装備しろよ”と言っておけば……と今でも夢に見るんだ」
男「もしかしたら……彼が助かった未来もあったのかもしれない、と」
冒険者「すいませんでした」
男「え」
冒険者「僕、今まであなたのこと、ただの変わった人だとばかり思ってました」
冒険者「だけど、ちゃんと理由があったなんて……」
男「いやぁ、変わり者には違いないよ。みんなに煙たがられてるだろうし」
冒険者「いえ……どうかこれからも、声をかけ続けて下さい」
男「ありがとう」
冒険者「ただし、さっきのような奴には気をつけて下さいよ」
男「分かってる。今度からすぐ逃げるようにするよ」
男「じゃ、そろそろ帰って晩ご飯にするか」
冒険者「今日は何を?」
男「ポークソテーにしようと思ってるよ。豚肉好きなもんでね」
冒険者「ハハッ、いいですねえ」
男「それじゃ、また」
冒険者「ええ、また」
――
ザシュッ!
竜「グワッ……!」
冒険者(よし……効いてる!)
竜「グルルルルル……」
冒険者「今まで何百人もの命を奪ってきた悪竜め……覚悟しろッ!」ダッ
竜「スゥゥゥゥ……」
冒険者(ブレスが来る!)
竜「カァッ!」
ゴォワァァァァァッ!
冒険者「こっちだ!」バッ
竜「!?」
冒険者(頭をッ!)
ザクゥッ!
竜「グオォォォォ……」ズゥン…
冒険者「ふぅ……」
男「聞いたよ、あの悪竜を倒したんだって?」
冒険者「ええ、何とか」
男「すごいじゃないか。君もすっかりベテランの風格を身につけたね」
冒険者「まだまだですよ」
男「ところで……」
男「武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないよ!」
冒険者「はいっ!」
――
――
男「……」
男(今日で定年を迎える……清掃員としての人生は終わりか)
男(残りの人生は貯金と、国から支給される金でなんとかなるだろう)
男(思えば、“武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないぞ!”って言うだけの人生だったけど)
男(これはこれで幸せだったのかもしれないな……)
男「さ、最後の出勤だ」
男「武器や防具はちゃんと装備しないと意味がないぞー!」
若者「はーい!」
男「……」サッサッ
男(もう……夕暮れか。雇い主に最後の挨拶をして、帰るか……)
「あの……」
男「ん?」
冒険者「お久しぶりです」
男「君は! いやー、今や世界中の冒険者の憧れの的じゃないか。見違えたよ」
冒険者「いえ、そんな」
冒険者「それより、今日仕事が終わったら、僕に付き合ってもらえませんか?」
男「? かまわないけど……」
男(彼みたいな超一流冒険者が、私みたいな年寄りになんの用だろう?)
男「終わったけど……」
冒険者「僕についてきて下さい」
男「?」
冒険者「こっちです」
男「ここは……酒場……」
パチパチパチパチパチパチ…
男「!」
男「え……え……!?」
パチパチパチパチパチ…
「今までお疲れ様でした! お世話になりました!」
「いつも装備を忘れなかったのは、あなたのおかげですよ!」
男「これは一体……!?」
冒険者「あなたが今日で定年になると聞いて、さまざまな媒体で知らせたら……」
冒険者「こんなに大勢が集まってくれたんです」
男「……!」
ワイワイ… ガヤガヤ…
戦士「お久しぶりです!」
剣士「お互い年取りましたねえ」
女僧侶「お元気そうでなによりです」
荒くれ者「いつだったかは……本当にすみませんでした……」
ワイワイ… ガヤガヤ…
冒険者「料理とケーキを用意しました。豚肉がお好きだと聞いてるので、肉料理を多めに」
男「ありがとう……ありがとう……!」グスッ
男「本当に……嬉しいよ……」
冒険者「ふふっ……ああ、そうそう」
冒険者「ケーキやポークはちゃんと食べなきゃ意味がありませんよ」
おわり
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コメント一覧
モブにも人生があるんやなあ
みちお
良い話やんけ…