【晒し】ウユバ炭鉱の昇降機墜落事故をめぐる群像


管理人です。
今年も一年、ご訪問&コメントいただきましてありがとうございました。

収益のほうは相変わらず低空飛行を続けております。
もっと下がることも覚悟していたので、案外助かっているといったところです。

来年はできるだけ執筆お役立ち系やレコメンド系の記事に力を入れていきたい構えです。
すっかり停滞してしまった管理人による書籍の感想記事や意見記事も復活させたいのですが……なにぶん使える時間が限られておりますので、どうかゆるい目でお見守りください。

さて、大晦日恒例、管理人作品の晒しをさせていただきます。
今回はタイトルの通り群像劇(掌編でやるもんじゃない)を書いてみました。
よろしければお気軽にご意見・ご感想をお寄せくださいませ。

来年も読み速を宜しくお願い申し上げます。
良い年をお迎えください。

 

ウユバ炭鉱の昇降機墜落事故をめぐる群像

(142……まだ大丈夫)

 ウユバ炭鉱の昇降機は耐荷重150ゴルムとされている。裸の人間一人乗せるだけならよほどの巨漢でもない限り余裕のある数字だが、坑夫は大量の装備を持つ。
 マトックにスコップ、水と食糧、そして火薬。身を守るものはヘルメットだけでは足りない。何故ならこの炭鉱には獣が出る。武装しなければならない。
 炭鉱の獣は地底獣と呼ばれ、視力が弱いかほとんど無い代わりに、嗅覚に優れ、肉を好む。そして、食物連鎖の上位にいる地底獣ほど深部に住む。
 良質な鉱石もまた深部に眠っており、浅い層の鉱石はだんだん枯渇していくから、坑夫たちの装備が徐々に重量化していくことは自然の流れと言える。

(150……ちょうどだけど、大丈夫)

 三層以下へ行く坑夫は皆、重戦士並みの鎧を着込んでいる。たとえ軽業士のような身のこなしがあっても、狭い坑道ではその敏捷さは発揮しようがない。土竜の爪や甲虫の突進は受け止めるより他ないのである。
 五層より下となると、毒茸の胞子を防ぐため、解毒剤を仕込んだ全頭兜が必須。大蜘蛛とやり合うために専用の短槍も持たねばならない。普通の人間なら、それらすべてを携えたら歩くことさえままならないだろう。
 鎧の重さに喘ぎながら、おぞましい獣と戦う。快い仕事であるはずがない。それでも炭鉱には大勢の坑夫が押し寄せる。
 彼らが狙うのはカリバネ鉱石。鉄よりも硬く、しなやかで、その深い青の光沢は万人を魅了する。かつては宝石の一種として扱われていたが、ウユバに大鉱脈が発見されてから、武具にも用いられるようになった。

(152……)

 超えている。
 本来、止めねばならない。
 だが、確認役の少年は黙って青の旗を振る。「よし」の合図だ。超過を意味する赤の旗を彼は振ったことがない。
 否、正確には、一度だけ振ろうとしたことはあった。しかし、できなかった。
「おい! さっさとしろよ!」
 そう怒鳴られたのか、そんな目で睨まれただけだったか、もはや記憶は定かではないが、その時の恐怖が元で、彼は赤の旗を振る勇気を完全に失った。

(155は……この前、大丈夫だった)

 炭鉱がもたらす富と狂熱の裏で、昇降機の行列では苛立ちが渦巻いていた。
 一人ずつしか乗れず、時間がかかる。坑夫の数は日に日に増える。
 武装して大金をつかみ取りに行く興奮が、長い順番待ちで冷め、舌打ちや悪態に変換された。
 確認役の少年の動作が別段遅いわけではなかったにもかかわらず、多くの坑夫たちが何らかの形で彼に苛立ちをぶつけながら下りていった。

(15……8……)

 昇降機を動かす奴隷たちは気づいていた。
 重い。150ゴルムを超えていることがままある。
 しかし、重量を確認するのは彼らの役目ではないのだ。青の旗が振られたら、ロープを引く。それだけを淡々とこなすのみ。余計な気を回したところで何が得られるだろう。

(160……)

 一部の坑夫たちも、気づいていた。
 これだけ持って150ゴルムということはないだろう。おそらく、少しは・・・、超過している。
 だが確認役が見逃しているのだから、つまりは問題ないということだ。本当に危険なら止めるはず。150という重量制限もギリギリの数字ではないはず……

(1……6……5……)

 さすがに、危ないのではないか。
 そうは思った。けれど、それでも、少年は青の旗を振る。平静を装って。
 160で大丈夫だったのだから、165でも大丈夫。そう信じるしかない。今さら止めたら、これまで見逃してきたことを追求されるかもしれない。
 怒られるのは、嫌だ。あれは嫌だ。消えてしまいたくなる。

(1……70……)

 いつしか少年は、まともに数字を見なくなった。
 帰って絵の続きを描くこと。ただそれだけを考えて、無心で青の旗を振り続ける。
 この頑丈そうなロープが切れるなんてこと、あるわけがない。そんなことが実際に起こるはずがない。

(180)

 少年が望んだ通り、ロープは切れなかった。
 その代わり、滑車を支える機構がおぞましい音を立てて折れ、昇降機は落下を開始した。

(……えっ……?)

 不幸なことに――その時乗っていた坑夫は、声も出せないほどの重傷を負いながら、即死は免れていた。墜落までの数秒間、そして失血死までの数分間、彼が何を思っていたか、今や誰も知る由もない。

—–

 坑道に轟音が鳴り響いて約十分後、坑夫たちは昇降機が通っていた縦穴の付近に集合していた。
 パニックが起こらなかったのは、六層にいた元軍人のベテラン坑夫、ルーク・バーチェスの功績である。
 ルークはその豪快さと面倒見の良さで、多くの新人坑夫から敬愛されていた。彼がその日坑道に入っていたことは不幸中の幸いと言える。

「すぐに救助は来る! のんびり待とうや。地底獣は陽の光を嫌う。縦穴の近くにいりゃあいい」

 ルークの明るい声にどれほど励まされたか、生還した若い坑夫たちは生涯忘れないだろう。
 しかし実のところ、ルーク自身はのんびり・・・・待てる状況ではなかった。陽はやがて傾き、深いところから届かなくなる。最下層の七層に落ちた昇降機の天井部分は、すでに見えなくなりつつあった。
 もし地底獣が襲ってきても、立ち向かう装備はある。しかし縦穴付近の坑道は狭く、戦いにくい。事実上の行き止まりであり、いったん退くという選択肢がないのは六層ではかなりの危険を意味する。
 すっかり暗くなってしまう前に、少し奥へ入るか。
 事故発生後、ただちに救出活動が開始されていれば、そんな心配をする必要はなかったはずである。
 上の連中は何をしている?
 まさか事故ではなく、何かの事件なのか?
 時間の経過と共に不穏な空気が漂い始めた。

「ルークさん!」

 上から声が降ってきた。

「どうした!」
「ちょっと、遅くないですかね!」
「そうだな! ウンコでもしてんじゃねーか!」

 どっ、と笑いが起こる。
 笑うだけの余裕がこの時はまだあった。
 
—–

 警備隊の隊員たちもまた、救助開始の命令がなかなか来ないことを怪しんでいた。
 命令など待たずに動き出すべきだったのかもしれない。しかし、地下にルークがいたのと対照的に、この日は不運にも、機転の効く者が一人もいなかった。
 早く行くべきだとは思うが、勝手なことをしたらあとでどんな罰を受けるかわからない。命令はすぐに来るだろう。それこそ一秒後にでも。
 貴重な時間を浪費しながら、彼らは指示を待ち続けた。
 その頃、本部では――

「いい加減にしてください! 今はそんなことを言ってる場合じゃ……」
「まぁ落ち着きたまえ、オーリン君。もう一度考えてみてはくれんかね」

 ウユバ社の役員トマス・コンスタンと、警備隊隊長のオーリン・ガードナーが言い争っていた。
 どうにかして二層から救助を開始できないか――トマスはそんなことを言い出したのである。
 二層にはこの日、某与党議員の息子が入っていた。屈強な坑夫三名を雇い、自らは手ぶら。採掘というより探検ごっこである。
 トマスの処世術は、媚びることであった。どこかに媚びを売る隙はないか、常に目を光らせている。
 この緊急時に議員の身内を率先して助けたなどと知られたら、批判は免れないだろう。しかし大物の議員である。世論などどうとでもなる。筋が少々通らなくても、議員の息子を優先的に助けることで、後々の見返りが期待できるとトマスは考えた。
 オーリンは、当然突っぱねた。こんな時に、馬鹿げている。
 それでもトマスは食い下がった。

「ではせめて、上から順に救助してくれたまえ」

 それなら二層の救助はさほど遅くならない。

「じきに日が暮れます。深部のほうが危険です」
「そうは言うがね、オーリン君。助けやすい者から助けるのが道理じゃないか?」
「いえ、今は……」
「縄梯子を下ろして、一人ずつ上がってこさせるわけだろう? 近いところから順に上がらせたほうが混乱を避けられるんじゃないかねぇ」

 その言葉には一理あった。
 下から順に上がらせるということは、途中の層の者を待たせるということである。痺れを切らしてがなり立てる者や、縄梯子が目に入った途端に飛びついてしまう者がいないとも限らない。
 結局は下から順に助けるという方針に決まるのだが、この数分のロスによって、現場には警備隊より先にとんでもないものが到着することとなった。

—–

 アマニ派はガリヤ教の分派の一つで、徹底的な自然保護主義を掲げている。曰く、採掘は破壊行為であり、ただちに止めねばならない。
 地底獣たちが地上の人々を襲うことはなく、坑夫たちのほうから彼らの縄張りに侵入しているわけだから、アマニ派の主張は必ずしも不条理とは言えない。獣に喰われて死んだ坑夫の遺族が次々と入信したことで、今ではかなりの勢力を有していた。
 無論、炭鉱を経済の基盤としているこの町において、大半の住民はアマニ派を白い目で見ている。それでも彼らは決して諦めず、炭鉱の閉鎖を求めて日夜声を張り上げていた。
 商工会は軍にアマニ派の取り締まりを嘆願していたが、分派とは言えガリヤ教の一派である以上、軍はこれといった手出しができずにいた。

「ついに神判が下った!」

 昇降機の事故を、アマニ派はそう見た。
 そして、神に続けとばかりに、実力行使に打って出る。
 スコップを手にして穴の周囲を取り囲み、一斉に作業を開始した。

「何だ、これ?」
「土?」
「何やってんだ、おい!」

 穴の中から響いてくる悲鳴や怒号を右から左へ聞き流して、アマニ派の信徒たちは黙々と土を投げ入れ続けた。
 当時、町の住民のほとんどは、事故があったことさえ知らなかった。常に穴の近くで監視していたからこそ可能な暴挙であった。
 やがて警備隊が到着し、アマニ派は穴から引き剥がされたが、この時ばかりはさすがのルークも肝を冷やした。
 地底獣とやり合える装備を身につけていながら人に殺されるなど、笑えない冗談である。

—–

 犠牲者は、昇降機に乗っていた坑夫ただ一人であった。

 最小限の犠牲で済んだとも言えるが、これでめでたしめでたしとはいかない。司法は究明しなければならないのである。彼は一体誰に・・殺されたのか?
 重量が超過していたにもかかわらず青の旗を振ったのは、間違いなく確認役の少年である。
 では、彼一人の罪だろうか?
 坑夫たちも奴隷たちも、おそらく超過見過ごしが常態化していることには、気づいていた。いつかこんな事故が起きることは予見できたはずである。彼らには何の罪もないだろうか?
 また、ウユバ社の監督責任は? そもそも気弱な少年一人に確認役を担わせる采配が間違いだったのでは? 性格的に強い者を配するなり、二重に確認させるなり、やりようはあっただろう。加えて、設備点検は適切に行われていたのか? 毎日すみずみまで点検していれば、機構が折れる兆しを発見できた可能性はある。
 繰り返すが、青の旗を振ったのは少年である。ならば、罪の合計を百として、彼はどの程度の罰を受けるべきだろうか?
 彼を恫喝した坑夫たちは? その日ばかりではない。過去、幾人もの坑夫たちが、視線や舌打ちや仕草で、彼を脅してきた。今回の事故は、その積み重ねの結果とも言える。彼らが無罪ではないとして、百のうちどの程度罰せられるべきだろう?
 ウユバ社は――効率的に坑夫を送り込むため、あえて安全確認を疎かにしていたと見ることもできる。もとい、そう断じて差し支えないほどの杜撰さであった。その罪を、社の誰が、どのように負えばいいだろうか?
 仮に、百のうち少年が五十で、残りの五十をすべての関係者に均等に割り振るとする。
 この判決は果たして妥当だろうか?

—–

 少年の父親がダラス・ノイマン将軍であることを知っているのはわずか数人である。何しろ、少年自身すら知らない。
 ダラス将軍はかつての大戦で我が国を勝利に導いた英雄であり、清廉潔白な勇者であると誰もが信じている。派閥闘争の多い軍内部においてすら、将軍を嫌う者はほとんどいない。歳はもう六十に近いが、いつまでも若々しく、子どもたちや婦人たちからも人気があった。
 そんなダラス将軍にとって、少年の存在は唯一の闇であった。
 深酒が招いた、不義の子である。後にも先にも将軍が妻以外の女性と寝たのはその一度きりであったが、その一度で、女は身籠った。大抵の軍人や貴族なら、にべもなく堕ろさせただろう。将軍は詫び、産ませ、隠れ家と養育費を密かに与えた。
 生まれた男児は、少しばかり、成長が遅かった。学校では常にいじめられ、それが彼の成長をさらに遅らせた。
 軍人は当然、職人や商人も務まりそうにない。だが、いくら頼りなく、特別な才覚はないとしても、数字の大小ぐらいはわかるだろう――昇降機の確認役という職をあてがったのは、他でもないダラス将軍だったのである。
 強者としての生涯が将軍の目を曇らせた。何も難しいことはないと、甘く見た。相手が怖いから赤の旗を触れないなどというのは、彼には想像もつかぬことであった。
 事故後、超過が常態化していたことが明るみに出て、将軍はようやく気づいた。
 俺のせいだ。
 あの子には、言えなかったのだ。
 かわいそうなことをした。
 しかし――今、俺が英雄でなくなるわけにはいかない。
 ウユバ山の領有権をめぐって、西の国境付近は緊張状態にある。まぎれもなくあの山は我が国の領土であり、言いがかりも甚だしいが、あの国の流儀は今に始まったことではない。攻めてくるなら守るより他なく、守りの中心に俺がいる。ぐらつくわけにはいかない。
 これほどの事件だ。目ざとい新聞社があの子の出生の秘密に辿り着くことは大いにあり得る。

「楽に、死なせてやってくれ」

 隠れ家との連絡役を担っていた女の忍に、将軍は命じた。

—–

 連絡役であり、少年の教育係でもあったグルシェは、彼の絵の才能に気づいていた。
 絵と向き合っている時だけは、普段の弱々しさはどこかへ消え、話しかけ難いほどの集中力を発揮する。グルシェは絵に詳しいわけではなかったが、その作品が素人離れしていることは明らかだった。
 きちんと習ってみないかと呼びかけたこともある。良い師につけばきっと飛躍的に上手くなる。画家として身を立てられるようになるかもしれない。
 しかし少年は、まだ見ぬ師を恐れ、頑として首を縦に振らなかった。母親とグルシェ以外のあらゆる人間が彼にとっては恐怖の対象だったのである。
 もったいない。だが、彼に絵があって良かった。哀れな子どもだが、画材がある限り不幸せではない。
 天涯孤独のグルシェにとって、少年は実の子以上の存在となっていた。

(殺すなんて)

 将軍の気持ちはわかる。
 だが、あんまりではないか。
 責任を感じて自決したかのように、細工することはできる。
 いっそ彼自身が自刃したいと言うのなら、手を貸してやってもいい。
 しかし、しかしだ。どうやら彼は責任を感じていないのである。

「だって……ずっと超えてたんだ。急かされて……怒鳴られて……150で止めるなんて、無理だった。知ってたはずだよ、みんな、とっくに超えてるって。わかってて乗ってたんだ。赤の旗を振ったら怒るくせに……赤の旗を振らなかったせいで怒られるなんて……そんなのってないよ」

 ぼそぼそと言い逃れする少年のか細い声を聴きながら、グルシェは彼と共に逃げる決意を固めた。
 今死なせても、償ったことにはならない。
 裁きを受けても、彼は責任を認めることなく、罰をやり過ごすだけだろう。
 人間として経験を積まなければ、この罪と向き合えない。
 いじめられてはいたが、一方では将軍の隠し子として保護されてもいた。
 生まれと育ちには同情する。今回の事故も彼一人の責任ではない。だが、無罪ではあり得ない。
 逃げながら、私が育てる。今からでも。自分の罪を理解できるその日まで。

 夜明け前に少年を起こした。
 そして、死刑判決が出たと嘘をつき、大急ぎで身支度をさせた。旅立たせる口実がそれしか思いつかなかったのである。本当の意図はいつか気づいてくれたらいい。
 荷物を背負い、隠れ家を出る。吐く息が白い。ウユバ山の峻険な峰が満月に照らされている。
 グルシェは硬貨を一つ投げ、まずは東へ行こうと決めた。

   (了)

晒し

Posted by yomisoku