なろう書籍化市場は社会人がターゲットで、2017~8年あたりがピークだった

なろう系はラノベだと思っていなかった

――今でこそ無料で読める小説投稿サイトの人気作を本にするのは当たり前になりましたが、2010年前後にはまだ「タダで読めるものに値段を付けて本にして売れるの?」などと言われていましたよね。堤さんがウェブコンテンツの書籍化を手がけるようになった経緯は?

堤 私はもともとウェブ業界での起業家としてキャリアをスタートしていて、当時は編集者歴よりも新規事業立ち上げ担当の経験の方が長かったんです。2011年頃、アニメイトグループ内のフロンティアワークスに参画した直後に提案した新規事業が「なろう」からの書籍化でした。2009年前後には友人の作家から「投稿サイトが流行っている」と聞いて、好きでウェブ小説を読み始めていましたし、アルファポリスさんが2000年代初頭からウェブ小説の書籍化ビジネスの先陣を切っていたのも認識していました。

――2009年というと川原礫さんが小説投稿サイトArcadiaに書いた作品を改稿して電撃文庫の新人賞・電撃小説大賞に投稿した『アクセル・ワールド』で電撃文庫でデビューして個人サイト掲載の『ソードアート・オンライン』も刊行され、翌2010年に佐島勤さんがやはり電撃への投稿をきっかけに「なろう」連載の『魔法科高校の劣等生』でデビューという時期ですね。

堤 ただ『SAO』や『魔法科』は「ウェブコンテンツを書籍化した」という文脈よりも「電撃文庫」「ヒットメイカーの編集者・三木一馬氏が手がけた」という見方が業界的にも読者的にもされていたと思います。川原さんや佐島さんは新人賞の応募によって作品の存在が気づかれたわけで、当時はまだまだ「ウェブから作品を見つけよう」という編集者はかなり限られていました。

――当時ラノベの主流は圧倒的に文庫。一方、アルファポリスがウェブ小説を書籍化する際は基本的にソフトカバーの単行本サイズで刊行していて、文庫のラノベとは「別物」だと見られていましたよね。それが2012年9月に主婦の友社がヒーロー文庫を創刊し、「なろう系」が「文庫」で出て書店の「ラノベ棚」に並ぶようになった。堤さんがフロンティアワークス時代に手がけられた2013年8月創刊のMFブックス(KADOKAWAとの共同事業)やアリアンローズは四六判単行本サイズですが、この判型を選んだ理由は?

堤 リサーチの結果、文庫のラノベは当時10~20代中心のマーケット、対して「なろう」やArcadiaといった投稿サイトから書籍化された作品は30~40代中心の社会人に支持されていることがわかりました。だから、中高生が中心となっているラノベ棚ではなく単行本として文芸書売場に置いてもらった方が社会人は買いやすいはずだ――と。それで「“ウェブ小説書籍化特化”の“単行本レーベル”」として創刊しました。

――女性向けではイースト・プレスのレガロシリーズ(2007年創刊)やアルファポリスのレジーナブックス(2010年創刊)がウェブ小説書籍化レーベルとしては先行していましたし、男性向けでも文庫では林檎プロモーションのフェザー文庫(2011年創刊)やヒーロー文庫はありましたが、男向けで単行本サイズのウェブ小説書籍化レーベルはMFブックスが最初でしょうね。「レーベル」でなければエンターブレインから橙乃ままれ氏の『ログ・ホライズン』(書籍化は2011年から)などが単行本で出ていましたが。

堤 MFブックスとアリアンローズは非常に参入タイミングがよかったと思っています。アルファポリスさんが切り拓いた道を僕らが舗装し、その後、いろいろな出版社が参入するようになった。僕らは早くに入ったおかげで、「なろう」で2013年から2019年まで約5年間累計ランキングトップに君臨し続けた『無職転生』のような象徴的なタイトルの書籍化を手がけることもできました。

それと、実は当時僕らはなろう系を「ライトノベル」ではなく、また別の「社会人向けエンタメ小説」だと捉えていました。逆に言うとヒーロー文庫さんはライトノベルだと捉えていた、またはそう捉えられることを狙ったのかな、と。そこも我々と他社さんでは違っていたと思います。

――ヒーロー文庫が重版率100%を叩き出し、どのタイトルも最低数万部の売れ行きでラノベ業界に衝撃を与え、その後、角川スニーカー文庫から暁なつめさんの『この素晴らしい世界に祝福を!』が2013年10月から、MF文庫Jから長月達平さんの『Re:ゼロから始まる異世界生活』が2014年1月から刊行されるなど、従来の文庫ラノベのレーベルからも「なろう」発作品がヒットするようになり、なし崩し的に「なろう系はラノベの一種」という認識に変わっていった印象があります。

堤 ただ、もともとのライトノベルの編集者と僕みたいなウェブから作品を発掘するタイプの編集者では、企画に対するアプローチの仕方は違うと思っています。ラノベ編集者は作家と二人三脚でゼロイチで作っていきたいタイプが多い。対して僕の場合はゼロイチというよりも既にある1を10や100にしたいという志向が強い。ウェブ上でパワーのあるエンタメを、出版をはじめとする別の場所に持っていって価値を変換し、増幅する「アグリゲーター」という意識で活動しています。

――堤さんはキャリア的にも、もともと「起業家」であって、「小説編集者」という自己認識ではなかったわけですものね。

堤 だからなろう作品を本にするだけでなく、当時はかなり限定的でしたが、マンガやアニメにもしようといった展開に関しても、積極的に動いてきました。今でこそ「異世界コミックは売れる」という認識が広まって、小説が書籍化される前にマンガ化されるケースすら出てきましたし、原作小説の単行本よりマンガ版の方が売れるタイトルもざらにあります。でも当時のマンガ業界ではファンタジーが流行りというわけでもなく、「なろう? 何それ?」「売れるの?」と懐疑的な意見の方が強かった。MFブックスはKADOKAWAとの協業でしたのでKADOKAWAのコミックス編集部に働きかけて「やってみましょうか」と動いてもらうことができました。女性向けのアリアンローズのコミカライズは輪をかけて大変でしたが、今ではなろうの女性向け作品のマンガも好調に動くようになっています。

市場の成熟から見据える「次」の方向性

――MFブックス創刊準備から約10年経ちますが、ウェブコンテンツ書籍化周辺に関してどんな変化を感じますか。たとえば書籍化作品の一点あたりの売上は堤さんが参入したころと比べるとかなり下がってきていますよね。

堤 ただそれは今に始まったわけではないんですよね。正確なデータではなく感覚値ではありますが、書籍化作品の一点あたりの売上は常に下がり続けています。というのも刊行点数がどんどん増えていっていますから、一点あたりが減っていくのは当たり前です。それでもしばらくの間はすべてのタイトルをグロスで見れば「なろう書籍化市場」は伸び続けていた。それが2017、8年ころからグロスでもピークに達した印象があります。とはいえ「小説」に限定せず、コミックやアニメ、マーチャンダイジング、海外展開を入れれば今もまだ成長分野です。

もちろん、そうは言っても市場が成熟してきたことは否めない。今の「なろう」は「どういう作品を、1回あたりどういう文字数で、どんな頻度で投稿すればランキングが上がりやすいか」が研究され尽くして、最適化されています。作品の類似性が高くなっていて、良くも悪くもサプライズ感はなくなってきている。

だから今、ふたつ考えていることがあります。ひとつには、市場をズラして新しいことをしたい。そう思ってYouTube上のコンテンツを書籍化することを始めました。

もうひとつの次のチャレンジは、「なろう」でスキルや実績を積んだ人が次に新しい挑戦ができる場、書籍化されなくてもお金が稼げたり仕事が獲得できたりする場所を探す・作ることです。

出典:“なろう系”書籍の爆発的ヒット後、市場が成熟して新時代に突入するまで(飯田 一史) | 現代ビジネス | 講談社



 

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記事の最後にも大事なことが書かれていました。

10年前に作家志望者に「今はなろうに投稿した方がいい」と言っても100人に1人くらいしか動いてくれなかった。それが10年経ったら景色がまったく違います。だけど「こういう風にやればいいんだ」というのが広まりきったあとでは、競争率が高くなってしまう。そう考えると「今、人に言っても伝わらないこと」に挑戦していった方が、次の大きな波で先頭に立てる可能性が高い。

 

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