webの横書きと書籍化の縦書きはまったくの別物

ウェブの横書きと書籍化の縦書きはまったくの別物

――小説はcakesで連載するという形になりました。その時にいちばん大変だったことはなんでしたか?

燃え殻:まず、時間がなかった。朝のワイドショーがあって、昼間の仕事もあったから、一般の人が昼休憩というのが睡眠時間になっていたけど、そこの時間で書いていました。
あと僕は小説を読んでこなかったので、どういう状況だったり心情を書くことで、頭の中に絵が浮かぶような構図が出来上がるのかということがまったくわからなかった。
その時に読み返したのが大槻ケンヂさんの『リンダリンダラバーソール』でした。この小説は大槻さんが思い浮かんだ昔のことをどんどん書き綴っていると思ったんです。だからまずそれをやってみようと。忘れているところは自分が補填すればいい。それは大槻さん的な言葉でいうと「希望」で、嘘ではなくこうであったらよかったなという「希望」です。

――フィクションと願望がうまく混ざっていくという表現になったわけですね。cakesでは横書きでしたが、書籍化する際には縦書きになりました。ウェブと紙での表現の違いや一番大変だったのはなんでしたか?

燃え殻:最初は横書きで書かれたものをそのまま縦書きにして出版すればいいと思ってました。最初に新潮社の担当だった宮川さんが全部縦書きにしてくれたものを読んで、こんなに稚拙でダメなのかって思って、これは大幅に改稿しないいけないなと。
横書きと縦書きのものっていうのは僕の中ではまったく違うものだった。簡単には言えないけど、ひとつはcakesでは横書きでそれほどの長さではなく原稿用紙三、四枚ぐらいが一回分の長さでした。その中で最初に「つかみはOK!」ってやつでつかみを入れて途中で飽きさせない、最後に次に読ませたいというウェブで読む仕掛けをすごく入れていた。それを縦書きにしてみると仕掛けだらけみたいな感じになってしまった。

――物語が展開していないということですか?

燃え殻:そう、うまく展開してなくて。例えば、とにかく悲しいことを起きると、次に楽しいことがあって、というわかりやすい表現をバンバン繰り返している作品があるじゃないですか。ちょっと途切れてくると次につかみとして大事件が起きるっていう、ウェブなら問題ないのに、縦書きにしたらそれがうるせえなって感じになるんです。

――このことをわりとみんな把握していなくて、横書きが縦書きになるということがメディアミックスぐらい別物であるということにみんな少しずつ気がつき始めている気がしています

燃え殻:言われたようにわりとみんなわりとわかってない。結局読んでいて疲れちゃうんだと思う。それって簡単にいうと構成ですよね。構成が失敗している。横書きから縦書きにする際に構成をちゃんとしなかった人たちは失敗している。
最初にゆがくっていうか脂どり。とにかくゆがいて脂どりして、ある一定の文章として平坦で間違っていない日本語の読み物にする。その中から転調させたり、ここはサビにしようとかを少しずつ入れていきながら、曲にしていくみたいな作り方をしていった気がします。

ここだけの話ねっていうものを大事にしたい

――デビュー時と現在とで、執筆方法に変化はありますか

燃え殻:最初の『ボクたちはみんな大人になれなかった』は全部スマホのメモで書いてました。風呂場でも書いてたし、満員電車の中でも。今はスマホとパソコン半々ですね。

――今は最初からスマホで書き始める人もかなりいると思うんです。それもあって縦書きにするときに困るということも出てきているのかもしれません。スマホとパソコンで書くのは違いとか出ますか?

燃え殻:スマホで書いているもののほうが僕は好きなんですよ。この前大槻ケンヂさんとFMで久しぶりにお会いした時に「例えば、とある作家の発表されていなかった原稿よりも隣に座ったOLのLINEのほうが気になるよね」って、俺もそう思いますって言って。
ここだけの話ねっていうものを大切にしたい。これは俺しか読まないのかもしれない、もしくはあと誰か一人しか読まないかもしれないと思うことが大切かもしれないって個人的には思ってます。

――プロットなど作りますか?

燃え殻:全く作ってないです。毎回何枚書くというのがわかっているからその枚数を書いて出す感じですね。

――構成もその時に書きながら考える感じですか?

燃え殻:そうですね。手探りで書きながらコマが揃ってきたから、こういう終わり方はできるかもしれない、と思いながらやってます。でも、できなくなったみたいなことも連発で起きちゃうんですけど、「yom yom」で連載中の『これはただの夏』ではそういうやり方でやってます。
話は少し変わるんですけど、前に『すべて忘れてしまうから』というエッセイを出す時に周りの人たちに、今出してバズらなかったらどうするんですかって言われたんですね。

――バズるとかヒットしないということが怖い?

燃え殻:そうだと思う。僕は本を出させてもらえる喜びがあるから、自分でも売れるようにある程度は努力します。自分ができる範囲で宣伝したり、インタビューで自分はこういう人間ですっていうのを続けながら。
僕は中島らもさんとかがそうだけど、小説も絵本もエッセイも書いて、人生相談もやったりするような人がものを書く人だと思ってるんです。だから、そういうこと言われてもなあって。

――燃え殻さんの文章は何気ない景色でも独自の観点が色濃く出ていて魅力を生んでいると思います。その観点はどのようにして培われたと思いますか?

燃え殻:意識はしてないけれど、これが気持ちいいというのと自分だったらこう書きたかったということなのかな。
受注産業が長いので、自分が書くものに関しては発注してくれた人がなぜ僕に依頼してくれたのかということを考える。こういうことを望んでいるんじゃないかとか。でも、考えているけど時には横道に逸れたり、アクセルを踏みすぎたりとかしますよ。

――それはそれでおもしろかったりするわけじゃないですか

燃え殻:アクセル踏みすぎると怒られたりもしますけどね。でも、なんかそういうような部分は受注産業だぞっていう心構えは常に置いていますね。

――それが他のSNSから出てきた周りの書き手とは違う意識なのかもしれないですね

燃え殻:作家になりたいってTwitterでプロフィールに書く人いるじゃないですか。それって読み手を見失う可能性がかなり高いなって思ってるんですよね。

https://monokaki.ink/n/naaf2826f626c



 

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古い記事ですが最近目に留まって興味深い内容だったので取り上げてみました。

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