読み手に教養を求める表現ってどう思う?
読み手に教養を求める表現ってどう思う?
例えば「月が綺麗ですね」は「月が綺麗ですね」を知らない読み手からすると「急に天気の話はじめた?」としかならんわけですが。
或いは知らなくても「きっとこういうことを伝えたいのかな〜」と深読みしてくれる読者にしか通じないわけですが。自分は好き。
— ウキタリュウ(JC2)/イラスト&小説&漫画マン (@ukitaryu) November 9, 2021
みんなの反応
相手によってスタンス変えるのはその通りだと思います!
極端な話、児童書に小難しいことベラベラ書いてもしょうがないですからね…— ウキタリュウ(JC2)/イラスト&小説&漫画マン (@ukitaryu) November 9, 2021
あ〜わかります!
知識ある前提だと読んでて辛いですね。
でも知識あったら解釈広がってより楽しめると良いですね。映像作品だとこれやりやすいんだしょうけどね…映像ハデな時点で既に楽しいし。
— ウキタリュウ(JC2)/イラスト&小説&漫画マン (@ukitaryu) November 9, 2021
小説でも例えば、二人で夜空を眺めながら
「月が綺麗ですね」
「……今なら手が届くかもしれませんね」
とか、知ってる人なら告白してそれを受け入れられたと解釈できるし、知らなくてもなんかいい雰囲気でシーンとしても違和感ないから楽しめる、みたいな……うーん、うまく言えないですね……
— スコッパー志願予定見習い🔰 (@ScooperVSAnarou) November 9, 2021
花言葉もいいですよね。
個別には知らなくとも花言葉という概念は有名だから読み手としても察しやすいですし。>作者からの「察して」
とても良くわかります。楽しいし嬉しいですよね。— スコッパー志願予定見習い🔰 (@ScooperVSAnarou) November 9, 2021
あ、すみません、月が綺麗ですねはみんな知ってるだろってことと、良い例が他に浮かばなかったので使いました。
まあ元ネタの真贋云々はありますよね〜
— ウキタリュウ(JC2)/イラスト&小説&漫画マン (@ukitaryu) November 9, 2021
そうなんですよね〜
自分自身、知識があったらこの作品もっと楽しめたんだなと思うことが沢山あります。— ウキタリュウ(JC2)/イラスト&小説&漫画マン (@ukitaryu) November 9, 2021
仲間意識が芽生えるからすこ
ディスカッション
コメント一覧
要はパロネタってどう思う?ってことが言いたいの?
それとも例えが最悪なだけで本来はもっと深いことが言いたかったの?
個人的には多用せずさりげなく使うのが上品に感じる。
例えば「這入る」とかを多用してると、気取っているように見えちゃう。
閉じコンはオワコンの始まりって話だろう。
過去の名作知らんと分からん作りってニュービーに不親切だし。
入門用の軽い話から沼に引き込む役が必要だ。
なろうの場合は求めてるのではなく、自分の好きなように書いたらある種のハイコンテクストもってるやつじゃないとわからんネタが多いだけ。
スカイリムに通じるものの多いこと。エンデラルも面白いんだが、いっそクリエイションキット磨いて出しなおしてくれたらええのんに。
これ内輪ネタとかじゃなくて流行語のことなんだろうね
1999年の人間に閉じコンって言っても、閉じたコンテンツとは読んでもらえない
異世界転生だって今ならなろう系って意味になるが、そのうち文字通り異世界に転生するというだけの意味になる
時の流れって無情ね
いい例だと、石坂浩二さんがテレビの「水戸黄門」を演った時、第一話は「勧進帳」のオマージュだった。
これ勧進帳を知らないヤツは全く面白くもないんだが・・・・それでいい。
「読み手の教養」なんて気にしてたら、何も書けない。
自分以外の人間の知識・教養なんて千差万別、そのレベルについていけない人は勝手に離れてゆくだろうし、レベルが作者と同等の人はついてくる(戦記、歴史、文化絡みは特にそうだろう)
これは「読み手の教養」だけではなくて「書き手の教養」と入れ替えても通用する。
キリスト教の事を何も知らずに書かれた「悪魔祓い」モノとか、その知識のある人は読めたもんじゃない・・・牧師と神父の違いもなってないとかね。
どうせ自然淘汰されるのだから、作者は何も考える必要はない。
まあ、あえて「この読者層向けに書こう」という場合は(極端に言うと幼稚園児向けとか)使う漢字も内容も考える必要はあるけどね。
教養がある人とない人では、同じものを読んでも全く見えている世界が違う、読むにしても書くにしても、知識はあって無駄なことは一切ない。
業界用語をどこまで解説するか、特に一人称だと
不自然な独白になりがちだから悩むかな。
教養より更に下の、一般常識をどのレベルにするか、
四字熟語や故事成語をどれくらい使うか、
このあたりも難しい。
一人称で専門用語が多いなら、無理に主人公に説明させるより、注釈つけた方が読みやすいかもね。
例えば「二項道路」とか相続の「限定承認」とか・・・。
一般常識はあまり考えると自縄自縛(←例えばこんな熟語)に陥るよ。
今は「常識」のレベルさえ人によって天と地ほども差がある、驚くほどに。
結局、難しい漢字、言い回し、四字熟語を省いたところで、読めない人は読めないんだから、もう最初から自分の好きなとおりに表現した方がいいと思っている。
どうせ読者は自然淘汰される。
特に知らなくても物語を楽しめるように作って、意味がわかると深みが出るように創るのが普通では?
好きか嫌いかっていえば好きだけど、教養求めてるかどうかは微妙
ブラット・ピット主演の映画「セブン」みたいな感じかな?
各国の言語含め、ローカルな用語を日本語に直すときにまるっきりそのままではないだろう。異世界なんてものなら特に。
なので、物語毎に同音異義語として再定義するつもりで読むと良さそう、というか漠然と読んでる。
ただ、現実のそれを勘違いしてるパターンとか、ご都合改編してる場合とかは、ものによるけどもやる。
「月が綺麗ですね」は教養というより豆知識では? と思ったが、昨日某サイトのまとめで、「月が動いてるヤバい」と騒いでいる記事を見て、『教養』の範囲を深く再考してみる秋の夜長