『新大陸の武器商戦』第2話「協会」

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 西へ、西へ――
 エルディン=クラックの打った刀はブンロート大陸の開拓者たちにとって憧れの武器であった。
 厚く、適度に重く、強靭。細い木なら伐り倒せる。

 予約が殺到してもエルディンは同じように一振り一振り時間をかけ、弟子も取らなかったため、客は最長で三年待たされた。
 魔物を追い払い、キャンプを築く。やがてそれが町になる。街道を作る。洞窟を探る。
 東の海岸に難破船が漂着してから五年、地図は日を追うごとに充実し、開拓者たちは希望に満ち溢れていた。そして、最前線を行く者の手には、必ずと言っていいほどエルディンの刀があった。
 快進撃は、大陸を南北に貫くレテ川で止まった。象のような巨躯と、右だけ肥大化したおぞましい鋏、そして金剛石のように硬い殻を持つダイアクラブ。川の全流域が彼らの縄張りであった。
 攻略に二年を要した。否、現在に至っても攻略はなされていない。川が高い滝になっているところの脇にトンネルを掘ることでどうにか通行は可能になったが、レテ川の流域は危険区域に指定されている。
 一流の使い手がエルディンの刀を用いれば、殻を斬ることも不可能ではなかった。しかしあの巨躯、一太刀入れて終わりではない。一方でこちらは人間、鋏を一撃もらえば高確率で絶命する。邂逅初期、最前線にいた優秀な剣士たちが真っ先に犠牲になった。そのため、ダイアクラブの殻はエルディンの刀も通じないというのが常識となった。斬れるところを見たことのある者がほとんどいないのである。
 開拓はレテ川にぶつかったことで完全に流れが変わった。すっかり気勢が削がれ、これ以上西を目指さなくてもいいのではないか……という雰囲気すら生まれた。刀一丁で斬り込んでいくスタイルは古臭いものとなり、武器は鈍器・飛び道具・罠と多様化した。
 ブンロート大陸の発見から今年で十年、エルディンの刀がかつての栄光を取り戻す芽は皆無と言っていい。店には古参の顔なじみと物好きがたまに訪れるのみ。繁盛していた時代も材料費と手間賃、希少性の割には驚くほどの安値で売っていたから、蓄えはさほどでなく、すぐに底をついた。

 ◇ ◇ ◇

「というわけで、入会金と年会費、合わせて20万ピアをお納めください」
「……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、ちょっと、待ってくれ……話が急過ぎる……」
「話というのは急なものですよ」

 確かにハイネの話も唐突だった。
 彼女の提案をどうしたものかと宙に浮かせたまま、二日後のことである。
 およそ武器屋には似つかわしくない、シルクハットとスーツの男がステッキをこつこつと鳴らしながら現れ、挨拶も早々に、「ブンロート大陸武器屋協会」とやらの成立と、会の目的や規約についてぺらぺらと捲し立てた。
 いつも通り客はいなかったため、忙しいので帰ってくれとも言えず、俺はとりあえず話を聞くしかなかった。

 そういうものができたのか……
 なるほどなるほど……
 徒党を組んできたわけか……
 うちは今でも浮いてるのにますます浮き彫りになるな……

 と、他人事とだと思っていた。

「入るなんて言ってない」
「先ほど申し上げました通り、協会は開拓者の安全と公正な取り引きを守るため、本国で正式に認められた組織です。ご入会いただかないと営業許可が取り消しとなってしまいます」
「そんなこと、勝手に決められても困る」
「あらゆる商店は本国の許可を受けて営業している、ということをゆめゆめお忘れなきよう」
「そりゃそうなんだが……」

 20万なんてとても払えないし、あっても「はいそうですか」と出したくはない。

「あんたら、うちを潰しに来たのか?」
「とんでもない。少なくとも私は貴店の味方です。エルディン=クラックの刀を保護したいという気持ちもあるのですよ」

 表情のない男だが、声色は優しげに聞こえた。

「会に入っていただければ色々と情報交換もできますし、買い取りに応じてくれる店が見つかるかもしれません」

 買い取り。
 その言葉は特に魅力的だった。
 客に直接売るより単価は下がるが、定期や大口の案件が入ればずいぶん楽になる。

「ライバル同士、陰口を叩き合う時代は終わったのです。これからはきちんとルールを定めて、協力し合う時代です。そのほうがうまみが大きいとみんな気付いたのですよ。本国では商船連合を皮切りに、農業・工業から酒屋まで、あらゆる業種が組織化されつつあります。我々もその流れというわけです」

 直感で言えば気は進まない……が、どうやら入るしかなさそうだ。
 他所と組めば生き残りの道が見えてくる可能性もある。
 何より、許可を取り消されては営業ができない。

「入会金と年会費は、手続きをしていただければ少しお待ちできますから」

 わかった、と言いかけた時、親父の声が飛んできた。

「オレぁ御免だぜ」

 だろうな。
 だろうけどさ。

「御免って、それで?」
「入らねぇ。それだけだ」
「店やれなくなるんだぞ」
「そうなったらそうなったでしょうがねえ。オレは変わらず刀を打ち続ける。人に売らなきゃオレの勝手だろ?」
「金はどうすんだよ。鋼はどうやって買うんだ? 飯は?」
「さぁな……」
「さぁなって、親父、ちょっとは真面目に考えろよ!」

 他人の前でだが――あるいはそのせいだろうか――今まで溜め込んでいたものが込み上げてきた。

「自分の好きなことだけやって生きていけたらさぞいいだろうけど、現実は違うだろ! 赤ん坊じゃねぇんだからさ! 興味ないことも少しはやれよ! 掃除も接客も飯の支度も、毎日誰がやってると思ってんだよ!」
「バドよ、悪いがオレは……」

 そこで親父は、さすがに少し、躊躇ってから続けた。

「……お前にそうしてくれとは、一言も言ってねぇんだぜ」
「……」
「好きに生きろと言ったはずだ」
「……」
「オレはたとえ野垂れ死んでも、クソみてぇな武器並べてヘラヘラしてる連中とつるみたくねぇ。話は終わりだ」

 ああ、そうかい。じゃあもういい。

「わかったよ、親父。俺は俺の好きにさせてもらう」