『新大陸の武器商戦』第4話「交渉」

2022年4月16日

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 天才は変わり者が多い。職人には偏屈が多い。ならば、天才的な職人である親父があんな風なのは仕方のないこと……
 少し前までそう思っていた。人間性を代償に神業を得ているのだと。

 少なくとも、開拓者たちは違う。優秀かつ気のいい奴らが多い。ダイアクラブの殻を斬れた凄腕の常連たちは――ほとんどがその戦闘で亡くなったり怪我で引退したりしてしまったが――みな明るく、俺をかわいがってくれた。強さと引き換えに優しさを捨ててはいなかった。
 兼ね備えていた。

「バド、仲間と息を合わせろ。それも強さなんだ」

 一年間、開拓者のパーティーに入れてもらったことがある。その時教わった。どんなに個人技が優れていても、協調性のない奴は前線に来られない。ケンカなら最強の男が本国のケチな酒場の用心棒として燻っている。
 大陸全土に生息するジャモンウシは弱って逃げたと見せかけて後ろ脚で強力な蹴りを放つ。よって挟み撃ちが原則。一人では安全に狩れない。他にも様々な場面で仲間の力が必要になる。夜行性の猛禽類、ガンザシが出る山では、交代で見張りに立たないと眠ることもできない。とある目立ち打がりの開拓者はサジト山に一人で入り、片目を失って下りてきた。
 人と組むことは必須条件。ゆえに、大きな成果を上げた開拓者たちは決まって人柄も良い。
 強さと人間性は、反発し合っていない。両立し得る。
 ならば、親父の頑固さは、腕前と引き換えのどうにもならないものではなく、単なる欠点なのではないか? ものづくりは特殊な世界なのかもしれないが、優秀かつ柔軟な職人がいてもいいはずだ。
 あの人は天才だからと、諦めてはいけない。

 そんなことを考えながら、工房に向かった。
 もう俺の家じゃない。仕入れ先。だから、すっかり他人として接しようかとも思ったが、今さらそれは不自然な気がして結局やめてしまった。

「ナイフを打ってほしい」

 単刀直入に、注文を伝えた。

「ハイネが調べてくれたんだ。いま親父の刀は密かに、料理人たちに使われてる」

 東海岸の港町はすっかり大きくなり、最近は開拓ではなく観光目的で富裕層が訪れることも増え、飲食店が増加・多様化した。以前はとにかく量が売りの小汚い飯屋と、2000ピアあれば朝まで飲める激安酒場ばかりだったのが、近頃は気取ったレストランやバーも現れた。内陸にも町が増えてきている。
 食事は要。まだ地図もろくにできておらず、とにかく何か腹に入れば良かった時代とは違い、今は生活の質が求められている。味の良い店に人は集まる。

「俺は正直、味の違いなんてよくわかんないけどさ、一流の料理人にはよく切れる刃物が必要らしいんだ。刀の長さじゃ使いづらいはずなのに、それでも使われてるってのは、よっぽど評価されてる証拠だろ?」
「へぇ、そうなのか。そいつは知らなかった」

 ぶっきらぼうだが、ほんのわずかに声が弾んだ。
 やっぱりそうなんだ。自分が満足できるものを作れさえすればいい――ずっとそんな態度だったけれど、本当は使ってもらいたかったんだ。
 買ってほしい。売りたい。その気持ちはある。ただどうしても自分を曲げられない。

「だから、ナイフを打ってくれ。使いやすくなればもっと売れる。つっても、小さな武器屋の店頭に置いとくだけじゃ料理人たちはわざわざ探しに来ないだろうから、最初は直接売り込みに行く。海岸で評判になれば、噂が広まって、内陸から買いに来る料理人も現れるはず」
「……」
「料理人だけじゃない。よく切れるナイフは獲物の解体とか保存食の加工、小屋を作るのにも使える。思い返してみれば昔、ラーデさんたちのパーティーについてった時、戦闘以外でもみんな器用に親父の刀を使いこなしてた。出番はかなり多いんだ。つまり、ナイフなら開拓者にも売れる」
「……」
「コストを考えると在庫の刀を打ち直してほしいけど、それは嫌だろ。新規でいいから、とにかくナイフを……」
「断る」

 ……おい、嘘だろ。
 気持ちが傾いたから黙って聞いてたんじゃないのかよ。

「なんで」
「オレは刀鍛冶だ。包丁屋じゃねぇ」
「ナイフも刃物だろ。みんなが欲しいって言ってるんだ」
「誰が言ってんだよ。オレはお前にしか言われてねぇぞ」
「作ってくれれば、すぐみんな欲しがるようになる」
「オレが打つのは刀だ。魔物をブッタ斬る武器だ。買った奴がどう使おうと勝手だが、オレは刀以外のものを作る気はない」

 刀のまま、料理人たちに売り込めるだろうか。いや、厳しいだろう。仮に数振り売れても、開拓者たちにまで広がる流れに繋がらない。どうしてもナイフが必要だ。

「じゃあ武器として、ナイフを打ってくれ」
「嫌だね。オレは刀がいいんだ。オレの作りたいものはオレが決める」

 クソ親父が。
 人間性の歪みは必ずしも素質の代償ではない――そう思うと余計に腹が立つ。
 サボってるだけじゃないか、性格を直すのを。

「使ってもらいたくないのかよ」
「刀ならな。妥協する気はない」

 たぶん、これはただの意地だ。何となく俺にはわかる。
 職人としてのこだわりってほど、表情にも声にも覇気がない。内心では折れたがってるはず。息子の言うことを素直に聞きたくないだけ。

「じゃあ、言うけどさ」

 傷つけるのは本意ではないが。
 いや、正直、傷つけクソ親父という気持ちもある。

「もう一つ、ハイネが言ってたことがある。親父の腕、衰えてるってさ」

 親父が呼吸を止めたのがわかった。瞳孔が開いている。この表情は、怒りではない。恐れだ。

「張り合いがないんだろ。無理なんだよ、使ってもらえないものをいつまでも作り続けるのは」

 自信があるなら否定するはず。自覚していたんだ。それで、ますます頑なになっていた。売れないぐらいで、負けてたまるかと。

「きっと今のままじゃもっと駄目になる」
「お前が衰えたって思うのか」
「俺は気付かなかった。ハイネは鑑定士だからわかったんだ」
「あんな小娘の言うことを信じるのか」
「あの娘と組むって、俺が決めたんだ。俺が自分の意志で」
「だから何だよ」
「だから、打ってくれよ、ナイフを。人に使われ始めれば、きっと元通りになる」
「……」
「頼むよ、親父。俺たちが売りに行くから」

第5話「視線」