『新大陸の武器商戦』第4話「交渉」

天才は変わり者が多い。職人には偏屈が多い。ならば、天才的な職人である親父があんな風なのは仕方のないこと……
少し前までそう思っていた。人間性を代償に神業を得ているのだと。
少なくとも、開拓者たちは違う。優秀かつ気のいい奴らが多い。ダイアクラブの殻を斬れた凄腕の常連たちは――ほとんどがその戦闘で亡くなったり怪我で引退したりしてしまったが――みな明るく、俺をかわいがってくれた。強さと引き換えに優しさを捨ててはいなかった。
兼ね備えていた。
「バド、仲間と息を合わせろ。それも強さなんだ」
一年間、開拓者のパーティーに入れてもらったことがある。その時教わった。どんなに個人技が優れていても、協調性のない奴は前線に来られない。ケンカなら最強の男が本国のケチな酒場の用心棒として燻っている。
大陸全土に生息するジャモンウシは弱って逃げたと見せかけて後ろ脚で強力な蹴りを放つ。よって挟み撃ちが原則。一人では安全に狩れない。他にも様々な場面で仲間の力が必要になる。夜行性の猛禽類、ガンザシが出る山では、交代で見張りに立たないと眠ることもできない。とある目立ち打がりの開拓者はサジト山に一人で入り、片目を失って下りてきた。
人と組むことは必須条件。ゆえに、大きな成果を上げた開拓者たちは決まって人柄も良い。
強さと人間性は、反発し合っていない。両立し得る。
ならば、親父の頑固さは、腕前と引き換えのどうにもならないものではなく、単なる欠点なのではないか? ものづくりは特殊な世界なのかもしれないが、優秀かつ柔軟な職人がいてもいいはずだ。
あの人は天才だからと、諦めてはいけない。
そんなことを考えながら、工房に向かった。
もう俺の家じゃない。仕入れ先。だから、すっかり他人として接しようかとも思ったが、今さらそれは不自然な気がして結局やめてしまった。
「ナイフを打ってほしい」
単刀直入に、注文を伝えた。
「ハイネが調べてくれたんだ。いま親父の刀は密かに、料理人たちに使われてる」
東海岸の港町はすっかり大きくなり、最近は開拓ではなく観光目的で富裕層が訪れることも増え、飲食店が増加・多様化した。以前はとにかく量が売りの小汚い飯屋と、2000ピアあれば朝まで飲める激安酒場ばかりだったのが、近頃は気取ったレストランやバーも現れた。内陸にも町が増えてきている。
食事は要。まだ地図もろくにできておらず、とにかく何か腹に入れば良かった時代とは違い、今は生活の質が求められている。味の良い店に人は集まる。
「俺は正直、味の違いなんてよくわかんないけどさ、一流の料理人にはよく切れる刃物が必要らしいんだ。刀の長さじゃ使いづらいはずなのに、それでも使われてるってのは、よっぽど評価されてる証拠だろ?」
「へぇ、そうなのか。そいつは知らなかった」
ぶっきらぼうだが、ほんのわずかに声が弾んだ。
やっぱりそうなんだ。自分が満足できるものを作れさえすればいい――ずっとそんな態度だったけれど、本当は使ってもらいたかったんだ。
買ってほしい。売りたい。その気持ちはある。ただどうしても自分を曲げられない。
「だから、ナイフを打ってくれ。使いやすくなればもっと売れる。つっても、小さな武器屋の店頭に置いとくだけじゃ料理人たちはわざわざ探しに来ないだろうから、最初は直接売り込みに行く。海岸で評判になれば、噂が広まって、内陸から買いに来る料理人も現れるはず」
「……」
「料理人だけじゃない。よく切れるナイフは獲物の解体とか保存食の加工、小屋を作るのにも使える。思い返してみれば昔、ラーデさんたちのパーティーについてった時、戦闘以外でもみんな器用に親父の刀を使いこなしてた。出番はかなり多いんだ。つまり、ナイフなら開拓者にも売れる」
「……」
「コストを考えると在庫の刀を打ち直してほしいけど、それは嫌だろ。新規でいいから、とにかくナイフを……」
「断る」
……おい、嘘だろ。
気持ちが傾いたから黙って聞いてたんじゃないのかよ。
「なんで」
「オレは刀鍛冶だ。包丁屋じゃねぇ」
「ナイフも刃物だろ。みんなが欲しいって言ってるんだ」
「誰が言ってんだよ。オレはお前にしか言われてねぇぞ」
「作ってくれれば、すぐみんな欲しがるようになる」
「オレが打つのは刀だ。魔物をブッタ斬る武器だ。買った奴がどう使おうと勝手だが、オレは刀以外のものを作る気はない」
刀のまま、料理人たちに売り込めるだろうか。いや、厳しいだろう。仮に数振り売れても、開拓者たちにまで広がる流れに繋がらない。どうしてもナイフが必要だ。
「じゃあ武器として、ナイフを打ってくれ」
「嫌だね。オレは刀がいいんだ。オレの作りたいものはオレが決める」
クソ親父が。
人間性の歪みは必ずしも素質の代償ではない――そう思うと余計に腹が立つ。
サボってるだけじゃないか、性格を直すのを。
「使ってもらいたくないのかよ」
「刀ならな。妥協する気はない」
たぶん、これはただの意地だ。何となく俺にはわかる。
職人としてのこだわりってほど、表情にも声にも覇気がない。内心では折れたがってるはず。息子の言うことを素直に聞きたくないだけ。
「じゃあ、言うけどさ」
傷つけるのは本意ではないが。
いや、正直、傷つけクソ親父という気持ちもある。
「もう一つ、ハイネが言ってたことがある。親父の腕、衰えてるってさ」
親父が呼吸を止めたのがわかった。瞳孔が開いている。この表情は、怒りではない。恐れだ。
「張り合いがないんだろ。無理なんだよ、使ってもらえないものをいつまでも作り続けるのは」
自信があるなら否定するはず。自覚していたんだ。それで、ますます頑なになっていた。売れないぐらいで、負けてたまるかと。
「きっと今のままじゃもっと駄目になる」
「お前が衰えたって思うのか」
「俺は気付かなかった。ハイネは鑑定士だからわかったんだ」
「あんな小娘の言うことを信じるのか」
「あの娘と組むって、俺が決めたんだ。俺が自分の意志で」
「だから何だよ」
「だから、打ってくれよ、ナイフを。人に使われ始めれば、きっと元通りになる」
「……」
「頼むよ、親父。俺たちが売りに行くから」
ディスカッション
コメント一覧
今更だけどペンギンさん、何でコレ小説投稿サイトに登校しないの。
何かまずい事でもやらかした?
①まとめサイトを運営していること自体が「やらかしている」と言える。
②身分を隠して投稿してもバレた時 or 明かした時に面倒なことになりかねない。
③たぶん下手に投稿するよりここに置いたほうがまだ読んでもらいやすい。
④晒しコンテンツの自家発電。
といったところです。
乙です!
いやあ、今回も突き刺さってお腹痛かったです(この作品に対しては完全な褒め言葉ですので)
そうだよなあ、100%本心から「自分が満足できるものを作れ(書け)さえすればいい」となるのは難しいよなあ。絶対どこかしら「使って(読んで)ほしい」気持ちが混じってくるもの。そしてそれは少しずつ大きくなっていく。
そうなると、「使って(読んで)もらえないものをいつまでも作り(書き)続ける」のがどんどん辛くなっていく。エルディンさんの気持ち、よく解ります(素人止まりが知った風な口叩くなって言われそうですがw)
編集、あるいはエージェントとなったバドくんに対してどう出るか、折り合いをつけられるのか、次回以降も楽しみにしておりますm(_ _)m
ありがとうございます。読まれないと辛いというのは、あちこちの創作スレでも言われていたことですし、自分の体験としてもわかるので、こういう流れにしてみました。問題はバドくんみたいな熱心なファンが現実には滅多にいないということなんですけどね……(´・ω・`) 今後ともよろしくお願いします。
困った、エルディンさんがどんどん好きになる
ありがとうございます。この困ったさんを引き続きよろしくお願いします。
人間性の歪みは必ずしも素質の代償ではない
サボってるだけじゃないか、性格を直すのを
ここら辺の主人公の一人称の叫びに親父の生き様のすべてが集約されてるんじゃないかと思わせるいい文章でした
読んでて、親父に対し、ちょっと拗らせすぎでは?相手の目線に立とうとしてる息子に対してもその態度はどうなの?とつい、いいたくなるというか、主人公の腹立ちや苛立ちに対して感情移入するというより、第三者として、或いは親父の人としての弱さや誤りが理解できてしまうからこそ、逆に息子の立場に思わず同調してしまうという感じで、やはりこういううまさ、或いはズルさが書けるのは、作者の底意地の悪さがあってこそなんだろうなと感心します
親父が客観的にみて、あまりにも人の道を外したクズだとか、創作として大袈裟に悪堕ちしてるというキャラだとかいう訳でもない一方で、でもだからこそ、ナチュラルに感じられる、この人間としての腹立たしさ、苛立ち、こういう描写の仕方は本当に見事だと思います
前作でも思ったのですが、物事の拗らせ具合を書かせたらこの作者はかなりのもんなんじゃないだろうか、と思わずにはいられません
(正直、懸命に頑張ってる息子が可哀想)
話自体は膨らんでいくように思えて、でも一方で舞台はあくまで工房周りに終始してるという雰囲気が小説を読むというよりは演劇のような感覚がします
だからこそなのか、個人的に人間性というものがしっくりくる感じで、自分のなかでは自然で違和感なく登場人物の人間性が感じられる部分があります
ご丁寧な感想ありがとうございます。文章も評価していただき嬉しいです。
> 物事の拗らせ具合を書かせたらこの作者はかなりのもんなんじゃないだろうか
恐れ入ります。当人が歪んでいるゆえにまとめサイトなんてものを涼しい顔でやっているわけですが(苦笑)、今のところ創作では良い方向に作用しているようです。
> 舞台はあくまで工房周りに終始してる
確かにそうですね。プラスの効果が生じたようですが、これは無意識でした。プロット段階で注意していれば「ずっと工房だな?」と修正を考えたかもしれません。
これからも各々がいろいろな判断をしていきますが、納得していただけるといいなと思います。
刀で儲けてたなら隠居して好きなことしてたらいい感あるけど
この男は止まれねぇんですわ……
読みました。
短いながらも読者の視点を順序立てて誘導できていてよいですね。
冒頭は文章体も一本調子ではなく、テンポも感じられたので読もうという気になりました。
主人公の思惑が伝わるので父親との交渉がわかりやすく、返答一つに引きがあり読みやすいです。
さり気なく街の状況もわかり、更にこの作品における鍛冶がどこまでの範囲を想定しているのかも見えたので展開を予測させる効果があり長期に渡って読者をひきつけていると思います(調理器具を出してきたところです)。
次回は父親のバックストーリーが見られるのでしょうか、これは1話から十分に伏線を張ってきているのでメインディッシュの一つでしょうね。楽しみにしています。
さて、ここからは個人的な語りですので読み飛ばしていただいて構いません。
冒頭の「一年間、開拓者のパーティーに入れてもらったことがある。」から「あの人は天才だからと、諦めてはいけない。」までの文章ですが、やや読みにくいです。
「協調性のない奴は前線に来られない。」で一度改行して、「ケンカなら最強の男が本国のケチな酒場の用心棒として燻っている。」を次の行に入れて構わないと思いました。
と言いますのも、「協調性のない奴は~」が開拓者のPTに入れてもらったという語りに対する一応の結論になっており、「ケンカなら~」は、そこから発展していく別の話になるんですね。
つまり次の行から始まる様々なエピソードの仲間になりますので、そちらの行に分類した方がわかりやすいです。
もし、「ケンカなら~」を、今の行で書くのでしたら、文章の頭に一呼吸あるといいですね。「そう」とか「実際」とか、なんでもいいです。『さっきのは開拓者PTでの話、これはそれとは別の俺の感想なんだけどね』という行間を、一呼吸おくことで認識させてあげるといいと思います。
私のおすすめは、「片目を失って下りてきた。」の後に、「そういう奴らは(が)、ケチな酒場で用心棒として燻っている。ケンカなら最強の男と自称して」といった具合に繋げると、協調性のない奴、という話が綺麗にまとまるのではないかと思います。
ご丁寧にありがとうございます。今のところ良い読み物になっているようで嬉しいです。場面外の状況や先のヒントは小出しを心掛けており、今後も小さくまとまり過ぎないようにうまくやっていけたらと思っています。
詳細な解説もありがとうございます。段落ごとの属性・結論を意識したほうがいいということですね。推敲の際に直すことはあるのですが、やはり自分で気付ける範囲には限界があり、このように教えていただけると助かります。
父親の背景はもう少し先になりますが、プロット上には配置してあるのでどうぞご期待ください。
良かれと思って勧めたことを悉く無碍にされた時の(特に身内にそうされた時の)ムキ〜ッて気持ち、分かりすぎるよ…
親父さんは親父さんの人生と信念があり、息子が独り立ちした以上好きに生きて良いとは思うけど、そこはね
ありがとうございます。身内だからこその難しさありますよね……。無碍にされるの怖くてリアルだとバドみたいな勇気なかなか出ないです(´・ω・`)
後れ馳せながら、一話から読ませていただきました。自分は基本ROM専ですが、このサイトはかなり気に入ってるので、管理人さんにエールを兼ねて感想を書きます。
しかし、さすがペンギンさん。小説系まとめサイトを管理してらっしゃるだけあって、説明はわりと多いはずなのに、文章がスラスラ頭に入ってきます。脱帽です。
ただ、テンポを重視してらっしゃるのか、ちょっと人物の外観などの描写がなおざりになっているような印象を受けました。もう一文だけでも添えていただければ、想像の余地が膨らむと思います。
キャラクターは現実にも居そうに感じました。エルディンのわかっていても自分を変えられなかったり、バドの家を出ても結局親から離れられなかったり、といった人間の惰性はめっちゃリアルだと思います。サボってるだけじゃないか、性格を直すのを~のくだりは耳が痛いですw
ただ、ファンタジー的な世界観だと少々弱いかもしれません。管理人さんの文体というか、小説の雰囲気には合ってますが。キャラクターたちの過去のやらかしエピソードとかあれば見てみたいですね~。
今は「承」くらいですかね。なんとなく先が読めそうな展開ですが、この先の八話でペンギンさんがどう裏切ってくれるのか楽しみにしてます。自分はエルディンが高周波ブレードを造るに賭けときますね。
ありがとうございます。エール受け取りました。すごいところにBETなさいましたが、さてどうなるでしょうか☺
> ちょっと人物の外観などの描写がなおざりになっているような印象を受けました。
おっしゃる通りですね。これが人様の晒し作品なら確実に指摘したと思います(苦笑)。書き直したいところですがこれも一種の晒しですので完結まではこのままにしておきます。
> ファンタジー的な世界観だと少々弱いかもしれません。
そうですね。自在に設定できる世界の中で現実にいそうな人間を描きたいと思って書いているわけですが、一般に「ファンタジー」に求められるものとは違うような気はしています。