『新大陸の武器商戦』第5話「視線」

2022年4月16日

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「エルディンのナイフ」は、売れた。
 東海岸と平行に走るメインストリートの端にひっそりと構えた「バドの武器屋」は、最高のスタートを切ることができた。
 ちなみに物件は元々漁師たちが使っていた休憩所兼倉庫で、老朽化によって廃屋となりかけていたのを改装したものである。

「さぁどうぞ、お待たせしました!」

 ナイフを最初に買ってくれた食堂「東風」のオーナーシェフは、ツボグイの刺身の食べ比べをさせてくれた。

「!」

 うまい! これが同じツボグイなのか。舌触りが良く、甘味が倍ほどにも感じられる。
 ハイネも目を丸くしていた。彼女の驚いた顔を初めて見た気がする。やっぱりこいつ結構美人なんだよな……と思った。いや、まぁ、思っただけで、別にどうということはないのだが。
 エルディンのナイフで切った刺身は、普通のナイフで切ったものとは見た目も全然違う。後者は表面がガサガサと荒れているのに対して、前者はなめらかで気品さえある。とても大衆魚とは思えない。

「このナイフ、料理人ならみんな欲しがるはずですよ。僕も宣伝しときますからね!」

 明るいヒゲのシェフのおかげで、噂は瞬く間に広まった。
 全ての食材が生まれ変わる!
 新しい調理法が試せる!
 あのエルディン・クラックが復活した!――という声さえ聞かれた。とうに引退したとか、死んだと思っていた人間も少なくなかったようだ。
 ともあれ、東海岸の厨房では即座に必須級のアイテムとなった。
 嬉しい誤算だったのは、内陸の料理人たちが訪れるようになるより先に、漁師たちに売れたことだ。彼らは獲った魚をその場で捌いて食べることがよくあるらしい。

「こんないいもん使ったら、一杯やりたくなっちまうのが難点だわな、ダハハ!」

 と、陽に焼けた漁師は豪快に笑った。

 もう一つ、嬉しい誤算があった。親父はナイフを新規で作らず、在庫の刀から打ち直してくれたのである。
 きっと親父にとって刀は我が子のようなものに違いない。こんなところで埃をかぶってないで、使ってもらえ――そんな風に思ったのだろう。直接聞いたわけじゃないが。
 おかげで材料費も工期も大幅にカットできた。

 ナイフの売上を使い、刀以外の武器も仕入れ始めた。そして、船着場の掲示板の隅に、小さな広告を出稿した。

「バドの武器屋・初心者歓迎」

 ハイネ曰く、多くのライバル店に共通する弱点を見つけた。それはホスピタリティの低さである。

「客がみんなベテランであることを前提にしてるのよ。だから独特の空気が漂ってる。何か気になることがあっても、質問なんてとんでもない」
「言われてみれば確かに……でも武器屋ってそういうもんじゃないか?」
「昔は”そういうもん”だったかもしれないわね。でも今は開拓が進んで、安全に行き来できるエリアがずいぶん広がった。猛者だけの世界じゃなくなって、初心者も入ってきてる。武器屋はたくさんあるけど、初心者が安心して買い物できる店はまだない」
「うちがそれになろうってわけか」
「正解」
「でも、どう”歓迎”するんだ? 俺は開拓に出た経験は一年しかないし、ハイネも武器が使えるわけじゃないだろ?」
「任せといて。私の目は”使い手との相性”も見抜ける。適切な助言をする自信があるわ」

 店員があれこれ口出ししてくるなんて嫌がられるんじゃないか……という不安は、杞憂に終わった。いや、驚いて帰ってしまう客もいたが、喜ばれることのほうが圧倒的に多かった。
 ハイネの「見る力」は想像以上だった。身長や筋肉のつき方、足運び、さらには視線の動かし方まで総合して、最適な武器を提案する。同じ鈍器を薦めるにも、より握りやすい柄、力に見合った重さのものを選ぶ。
 胸当てや膝当て、靴などの防具も置くことにした。もちろん客の体格に合わせて細かく調整する。
 空身で来てもいっぱしの開拓者風になって出ていける店――そんな評判が徐々に広まっていった。

 ある日の閉店作業中、ハイネがぽつりと言った。

「バド、ありがとね」
「何がだ? 礼を言うのはこっちだよ」
「私の考えを受け入れてくれて。バドがいいと言ってくれないと何もできない」
「そりゃコンサルなんだし……ってか、ハイネなら一人で店やれそうだけどな」
「店主ではないから思い切ったことを言えてるって面は絶対にあると思うわ」
「そういうもんかね」
「そういうものよ」

 ◇ ◇ ◇

 最初の半年は順調だった。
 しかし、出る杭は打たれる。協会の会合で俺を見る他店の店主たちの目つきが険しい。
 入会当社は、

「せいぜい頑張れや」

 と笑い、親切ですらあったのに、今では害虫を見るような眼差しを向けてくる。
 くそ、協力し合う会じゃなかったのかよ。
 ピリついた空気の中、キネス――工房に来たステッキの男――が淡々と議題を進める。

「続きまして、先日のホルン上院議員の事故についてです」

 本国より視察に訪れた議員が怪我をした件だ。熟練の開拓者2名が護衛についていたが、ガンザシとの交戦中、弓の弓幹が折れ、一時的に連携が途絶えた。議員は命こそ助かったものの、顔面に深傷を負った。

「今後の対策として、ヒューガルデン商会のラグ氏よりご提案があるとのことです」

 指名された男は、右目に眼帯をしており、会合の場ではいつも黙りこくっている。重苦しい雰囲気に似合わず、商才は抜きん出ていて、城塞のような建物で武器屋を含む百貨店を営んでいる。
 ラグは腕を組んだ姿勢のまま、低い声で言った。

「かねてより検討されていた検定制度をこの機会に開始しましょう」

 場がざわついた。
 年かさの店主が頬杖をついて言った。

「検定を通った商品しか店に置けんとかいうアレか? 煩雑過ぎるわ」

 ラグは姿勢を変えずに言い返した。

「しかし、議会からは実効的な改善策を示すよう求められています。今後気をつけるで済む話ではありません」
「そりゃそうだが」
「実際には何も一つ一つ見なくてもいいのです。一定量の中から無作為に取り出した一つが合格すればよい――ということでいかがでしょうか」

 そう言いながら、ラグの隻眼が一瞬、こちらを見た。
 あ、これ、攻撃だ。
 無作為も何も、うちはまとめ買いをしていない。基本、バラで仕入れている。つまり、ほとんど全商品に検定の料金と手間がかかることになる。
 冗談じゃない!
 けど、有効な反論や代案が思い浮かばない。使用者の安全のためには、確かに第三者の目を通したほうがいい気がする。うちが苦しくなるからやめてくれとは言いにくい。

「いかがですか? 包丁屋のバドさん」

 というキネスの振りで、各所から忍び笑いが起きた。
 包丁屋か。なるほどね。名誉なあだ名をもらったもんだ。

 検定制度の開始は、すんなり可決された。
 その土台には間違いなく、あの若造が痛い目に遭うならいいだろう……という共有された憎悪があった。

第6話「鉄則」