『新大陸の武器商戦』第5話「視線」

「エルディンのナイフ」は、売れた。
東海岸と平行に走るメインストリートの端にひっそりと構えた「バドの武器屋」は、最高のスタートを切ることができた。
ちなみに物件は元々漁師たちが使っていた休憩所兼倉庫で、老朽化によって廃屋となりかけていたのを改装したものである。
「さぁどうぞ、お待たせしました!」
ナイフを最初に買ってくれた食堂「東風」のオーナーシェフは、ツボグイの刺身の食べ比べをさせてくれた。
「!」
うまい! これが同じツボグイなのか。舌触りが良く、甘味が倍ほどにも感じられる。
ハイネも目を丸くしていた。彼女の驚いた顔を初めて見た気がする。やっぱりこいつ結構美人なんだよな……と思った。いや、まぁ、思っただけで、別にどうということはないのだが。
エルディンのナイフで切った刺身は、普通のナイフで切ったものとは見た目も全然違う。後者は表面がガサガサと荒れているのに対して、前者はなめらかで気品さえある。とても大衆魚とは思えない。
「このナイフ、料理人ならみんな欲しがるはずですよ。僕も宣伝しときますからね!」
明るいヒゲのシェフのおかげで、噂は瞬く間に広まった。
全ての食材が生まれ変わる!
新しい調理法が試せる!
あのエルディン・クラックが復活した!――という声さえ聞かれた。とうに引退したとか、死んだと思っていた人間も少なくなかったようだ。
ともあれ、東海岸の厨房では即座に必須級のアイテムとなった。
嬉しい誤算だったのは、内陸の料理人たちが訪れるようになるより先に、漁師たちに売れたことだ。彼らは獲った魚をその場で捌いて食べることがよくあるらしい。
「こんないいもん使ったら、一杯やりたくなっちまうのが難点だわな、ダハハ!」
と、陽に焼けた漁師は豪快に笑った。
もう一つ、嬉しい誤算があった。親父はナイフを新規で作らず、在庫の刀から打ち直してくれたのである。
きっと親父にとって刀は我が子のようなものに違いない。こんなところで埃をかぶってないで、使ってもらえ――そんな風に思ったのだろう。直接聞いたわけじゃないが。
おかげで材料費も工期も大幅にカットできた。
ナイフの売上を使い、刀以外の武器も仕入れ始めた。そして、船着場の掲示板の隅に、小さな広告を出稿した。
「バドの武器屋・初心者歓迎」
ハイネ曰く、多くのライバル店に共通する弱点を見つけた。それはホスピタリティの低さである。
「客がみんなベテランであることを前提にしてるのよ。だから独特の空気が漂ってる。何か気になることがあっても、質問なんてとんでもない」
「言われてみれば確かに……でも武器屋ってそういうもんじゃないか?」
「昔は”そういうもん”だったかもしれないわね。でも今は開拓が進んで、安全に行き来できるエリアがずいぶん広がった。猛者だけの世界じゃなくなって、初心者も入ってきてる。武器屋はたくさんあるけど、初心者が安心して買い物できる店はまだない」
「うちがそれになろうってわけか」
「正解」
「でも、どう”歓迎”するんだ? 俺は開拓に出た経験は一年しかないし、ハイネも武器が使えるわけじゃないだろ?」
「任せといて。私の目は”使い手との相性”も見抜ける。適切な助言をする自信があるわ」
店員があれこれ口出ししてくるなんて嫌がられるんじゃないか……という不安は、杞憂に終わった。いや、驚いて帰ってしまう客もいたが、喜ばれることのほうが圧倒的に多かった。
ハイネの「見る力」は想像以上だった。身長や筋肉のつき方、足運び、さらには視線の動かし方まで総合して、最適な武器を提案する。同じ鈍器を薦めるにも、より握りやすい柄、力に見合った重さのものを選ぶ。
胸当てや膝当て、靴などの防具も置くことにした。もちろん客の体格に合わせて細かく調整する。
空身で来てもいっぱしの開拓者風になって出ていける店――そんな評判が徐々に広まっていった。
ある日の閉店作業中、ハイネがぽつりと言った。
「バド、ありがとね」
「何がだ? 礼を言うのはこっちだよ」
「私の考えを受け入れてくれて。バドがいいと言ってくれないと何もできない」
「そりゃコンサルなんだし……ってか、ハイネなら一人で店やれそうだけどな」
「店主ではないから思い切ったことを言えてるって面は絶対にあると思うわ」
「そういうもんかね」
「そういうものよ」
◇ ◇ ◇
最初の半年は順調だった。
しかし、出る杭は打たれる。協会の会合で俺を見る他店の店主たちの目つきが険しい。
入会当社は、
「せいぜい頑張れや」
と笑い、親切ですらあったのに、今では害虫を見るような眼差しを向けてくる。
くそ、協力し合う会じゃなかったのかよ。
ピリついた空気の中、キネス――工房に来たステッキの男――が淡々と議題を進める。
「続きまして、先日のホルン上院議員の事故についてです」
本国より視察に訪れた議員が怪我をした件だ。熟練の開拓者2名が護衛についていたが、ガンザシとの交戦中、弓の弓幹が折れ、一時的に連携が途絶えた。議員は命こそ助かったものの、顔面に深傷を負った。
「今後の対策として、ヒューガルデン商会のラグ氏よりご提案があるとのことです」
指名された男は、右目に眼帯をしており、会合の場ではいつも黙りこくっている。重苦しい雰囲気に似合わず、商才は抜きん出ていて、城塞のような建物で武器屋を含む百貨店を営んでいる。
ラグは腕を組んだ姿勢のまま、低い声で言った。
「かねてより検討されていた検定制度をこの機会に開始しましょう」
場がざわついた。
年かさの店主が頬杖をついて言った。
「検定を通った商品しか店に置けんとかいうアレか? 煩雑過ぎるわ」
ラグは姿勢を変えずに言い返した。
「しかし、議会からは実効的な改善策を示すよう求められています。今後気をつけるで済む話ではありません」
「そりゃそうだが」
「実際には何も一つ一つ見なくてもいいのです。一定量の中から無作為に取り出した一つが合格すればよい――ということでいかがでしょうか」
そう言いながら、ラグの隻眼が一瞬、こちらを見た。
あ、これ、攻撃だ。
無作為も何も、うちはまとめ買いをしていない。基本、バラで仕入れている。つまり、ほとんど全商品に検定の料金と手間がかかることになる。
冗談じゃない!
けど、有効な反論や代案が思い浮かばない。使用者の安全のためには、確かに第三者の目を通したほうがいい気がする。うちが苦しくなるからやめてくれとは言いにくい。
「いかがですか? 包丁屋のバドさん」
というキネスの振りで、各所から忍び笑いが起きた。
包丁屋か。なるほどね。名誉なあだ名をもらったもんだ。
検定制度の開始は、すんなり可決された。
その土台には間違いなく、あの若造が痛い目に遭うならいいだろう……という共有された憎悪があった。
ディスカッション
コメント一覧
うーん、この話いらなくないですか?
お読みいただきありがとうございます。残念です(´・ω・`)
前回は偏屈なお父さんがどうするか!?うおおお!で期待を高めたものの、今回ナイフ作ってくれたのがサラッと流されて「お、おお…?」という気持ちは正直あります
でも通しで読んだら全く気にならない流れかもしれないしここは静観でいいかなと思って感想は控えてました。結局書いちゃったけど
肩透かしとかではないんですよ。相変わらず、続きは気になります
応援ありがとうございます。前回の終わり方は、自分の中では次回に引っ張ったつもりはなく「YESの省略」だったのですが、読者の皆さんと齟齬が生じてしまったようです。おっしゃる通り、通しで読んでいただく場合に使う書き方であって、連載という形には合わなかったかもしれませんね。引き続き地道に書いていきますので見守っていただけると幸いです。
コメント少ないですねw
自分も正直今回はコメントしづらいです
話の内容が良し悪しという訳でなく、個人的には今回の話は次の展開に対する繋ぎやタメの回という印象を受けました
話や、特に描写として決してつまらないという訳ではないのですが、それまでの舞台から一新して協会内部の合議という新しい舞台のなかで起こる新たな登場人物、新たな状況や騒動のなかで、読者として自分のなかで、まだここまでの話では、諸々の部分に対して消化できてない気持ちが対応できてないという部分があるな…というのが正直な感想でした
結局、話のポイントは次回以降なのかなという気がしますし、tokumeさんと同じく物語の評価として、もう少し読み進めるまでは、まだ静観の構えでいいかなという気持ちが先立ちますね
ただ、鬼滅の刃とかがよく批判される、連載作品として毎回の話の盛り上げや読者に対する状況理解を促すための、いちいち展開ごとに台詞で登場人物の行動を説明してわざわざ強調するというのがありますが、エンタメとして作品を続けるにはそれも一つの正解なのかもしれないとは思いますね
(個人的には、あまりにエンタメに振り切ったものより、一本の作品、作品性として多少なりとも余白や余韻の残る話のほうが好きっちゃ好きですが)
連載形式の難しいところではあると思いますが、結果として面白ければ、恥じも外聞もなく手のひらクルクルひっくり返すのが自分たち読者というものなので、作者さんが面白いものさえ書いてりゃ何の問題もありません
だからどうか、ご安心なさってください、自分たちは多くを望んでないですから、ただ面白い話を書いてくれるだけでいいですから、安心して続きを書いて下さい
応援ありがとうございます。第4話に比べるとコメント減ってしまったので少し残念ではありましたが、それでもこんなに多くの方に見ていただけるのはありがたいことです。
おっしゃる通りここは繋ぎ・タメの回でした。おそらくどんな連載でも(漫画でも小説でも)繋ぎ・タメの回は出てくると思うのですが、今作はもしかしたら次の6話もその属性になってしまったかもしれません(震え)。さすがに連続するのはちょっと良くないですよね。また、「ここはタメだから仕方ない」と割り切るのでなく、タメ回でも何とかして読者の感情を動かす仕掛けや工夫があったほうがいいのだろうと思いました。さらに言えば更新のペースも関わってくるかもしれません。日刊ならともかく、1週間空けて薄味だと落胆されても仕方ないかな……と。週刊連載という形で書いたことがなかったのでいい勉強になっています。引き続き読んでいだけると幸いです。