『新大陸の武器商戦』第6話「鉄則」

2022年4月16日

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「何故なのかしらね」

 検定制度が始まったことを伝えると、ハイネは憤るでも狼狽えるでもなく、訝しんだ。

「協会の主旨は基本的に正しいはずなのよ。潰し合うより支え合ったほうが得られるものは大きい。これまでの動きを見る限り、確かに協力し合う会だったと思うんだけど」
「うちの売上が予想外に伸びたからじゃないか?」
「生意気だってのはあるでしょうね。でも、それだけでこんなに目の敵にされるかしら。子どもじゃあるまいし」

 子どもぐらいの背丈しかないハイネが言うと少し違和感があるが、黙っておいた。

「バド、あんた何かしたんじゃないの?」
「俺が?」
「会合でよっぽど態度が悪いとか」
「いや、そんなことは……! ない、と思うけど……」
「あんた死ぬほど愛想ないもんね」

 そうなのだ。親父の嫌なところが遺伝してしまった。
 武器屋に愛想なんていらないとずっと思っていたが、繁盛している店を偵察に行くと、店員の挨拶の明るさに驚く。ぶっきらぼうな店もあるが決して不機嫌そうではない。
 俺は、常に不機嫌そうなのだろう。そんなつもりはないのだが。親父がいつもそうだから、要するにああいうことなんだろう。
 激戦区に出てきて、親父の刀が売れなくなってしまったのは俺が店頭に立っていたのも一因だったか……? と思い始めている。

「ハイネが接客もやってくれて助かるよ」
「ちゃんと追加報酬いただきますから」
「わかってる」

 どいてなさい、と言われたのだ。オープン初日、ハイネは珍獣でも見るような目をして、俺をカウンターから追い出した。
 いくら美人でもこんな勝気な奴に接客なんて……と思っていたら、彼女は一瞬で変貌し、俺は自分の目を疑った。
 本当に同一人物か? 笑顔が輝いている。声のトーンが高く、オーラが柔らかい。
 客一人一人に合う装備を見立てるというスタイルもそこから生まれたから、一石二鳥だった。

「まぁいくら無愛想だからって、それでここまで嫌われるのは変よね」
「だよな」

 これまでの会合で、俺はかわいげこそなかったかもしれないが、目立たないように、極力大人しくしていた。無難にやれていたはず。

「包丁屋(笑)」

 奴らの笑い声を思い出して、腹の底が熱くなった。何なんだよ。俺が何をした?

「気になるけど、考えてもわからないことを考えても仕方ないわ。これからの話をしましょ」
「そうだな。で、検定料、どうする? 今みたいにバラで色々揃えると結構な額になるぞ」
「手間もかかるわね。でも、私は今の形を続けたい」
「うーん……」
「もちろん店主はあなただから、無理にとは言わないけど」
「なんか癪なんだよな、うちだけ余分な税金取られるみたいで。だからって折れるのもそれはそれで癪なんだけど……」
「ねぇ、バド」
「ん?」
「これは大事なことだから、よく覚えておいて。商売は稼ぎ時に稼ぐのが鉄則」
「……」
「私たちのターンはまだ終わってない。多少横取りされるからって、今退くのはすごくもったいないわ」
「……わかった。今の形を続けよう」

 稼ぎ時――この言葉を、俺は後に苦い感情で思い出すことになる。

「ありがとう。それで、次の手なんだけど」
「うん」
「ナイフの生産ペース、上げられないかしら?」

 在庫の刀の打ち直しは終わって、今は新規で打ってもらっている。在庫切れになることも増えてきた。興味本位で買いに来た客は予約まではしてくれない。

「いや、俺も上げられるもんなら上げてほしいけど、無理じゃねぇかな……。そもそもナイフを打ち始めてくれたことだって奇跡みたいなもんだし」
「仕事を雑にしろってことじゃないの。人手を増やせば加速できると思うんだけど」
「あの親父と一緒に仕事ができる職人なんているか? 技術的にも性格的にも」
「いないなら、育てればいい」
「……弟子を取らせろってことか?」
「どう?」
「……」
「というか、なんとなく聞きづらかったんだけど、あなた自身はどうなの?」
「え?」
「エルディンさんから鍛冶の技術は教わってないの?」
「ああ、その話ね……」
「……」
「……えっと、まぁ、なんだ。あんま気分のいい話じゃないから、教わってないとだけ言っとく」

 子どもの頃、仕事を手伝おうとしたことがある。喜んでもらえると思ったら、凄まじい剣幕で怒鳴られた。危ないから――というニュアンスではなかった。道具に、領域に触れることを、全力で否定された。

「そう。ごめんね、嫌なこと聞いて」
「いいよ、別に」

 あの一件で気持ちが折れてしまったから、果たして自分が親父の技術を継ぎたかったのかどうか、もうよくわからない。シンプルに「継げない」という事実が鎮座している。

「それで、これからもずっとエルディンさんが弟子を取らないと決まってるわけじゃないわよね?」
「取らない……と思うけどな、あの人は」
「昔は、弟子は取らないって公言してたみたいだけど、ナイフを打ってくれるようになって、それが実際に売れて、少しは心境の変化があるんじゃないかしら。やっぱりこの技術を残したいっていう気持ちが芽生えててもおかしくないと思う。それに……」
「……ん?」
「ごめんね、またちょっと嫌な言い方になるけど、エルディンさんはかなりご高齢よね。すごく精悍ではあるけど」

 親父は今年で64になる。俺は40の時の子だ。お袋は俺が幼い頃に病死したそうで、記憶は一切ない。

「確かに、歳取って考えが変わった部分もあるかもな」
「でしょ? 教われるものなら教わりたいって人はいるはず。明日から探してみるわ。エルディンさんの了解を得たわけじゃないから、あくまでもこっそり。本人の熱意次第では受け入れてくれるかもしれない」

 ところが、探すまでもなかった。まさにタナボタ。翌日、店を開けるとそこに、きれいに短く切り揃えられた金髪の少女が土下座していた。
 
「どうか私めを……弟子にしていただきたい!!」

第7話「理由」