『新大陸の武器商戦』第7話「理由」

2022年4月16日

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 ここに来るのも久々だ。
 店頭方向からの光がなくなって、工房は少し暗くなった。主な光源は炉の炎で、あとは換気のための小さな窓から差し込む細い光のみ。
 暗く、狭くなった。

 いや、狭くなったと思うのは気のせいだ。物理的には何も変わっていない。だから、きっとこれも気のせいに違いないのだが、親父の背中が心なしか小さく見える。
 そんなわけあるか。毎日鉄を打ち続けている人間の体がそう簡単に縮むわけがない。

「お初にお目にかかります。ラフギネスト家が長女、アイラと申します」

 親父は一瞬だけこちらを睨むと、すぐ作業に戻った。
 ガキン、ガキンと、耳を弄する音が室内に響く。俺は慣れているが、育ちの良いアイラにはキツいのではないだろうか。何しろラフギネスト家と言えば……
 
「って、え!?」

 俺はついアイラの横顔を二度見してしまった。

「何か?」
「ラフギネスト家って、あの!?」
「ええ、おそらくは、そのラフギネスト家です」

 本国ロマンド地方の領主。代々、当主が自ら騎士団長を務めることで知られる武家の名門。こっちで生まれた俺ですら知っている名だ。
 そんな超のつくお嬢様が何故……

「エルディン様、お仕事中に押しかけて申し訳ございません。少しだけお時間をいただけないでしょうか?」

 彼女の出自には親父も少しは驚いたはずだが、何の反応も見せずに作業を続けている。

「えっと、まぁ、そのまま話せばいいよ。親父はいつもあんな感じだから」
「しからば、誠に失礼ながら、一方的に用件を申し上げます。この私を弟子にしていただきたいのです!」

 その言葉に対して、

「バド」

 と、親父が急に手を止めてつぶやいたので、俺は少し慌てた。

「何だよ」
「てめえ、何の冗談だ?」
「別に冗談じゃない。この子は本気で……」
「オレがいつ弟子を探してるって言った? 弟子は取らねえと昔、何度も言った。あの頃から何一つ変えちゃいない」
「……」
「バドよ、てめえ、一度オレに言うこと聞かせられたからって、調子乗ってんじゃねえだろうな。それともオレが歳食って人並みに丸くなったとでも思ったか? いいか、この世に気に入らねえことはいくらでもあるが、その中でも五本の指に入るのが人に舐められることなんだよ。それが実の息子とあっちゃ腹立つの通り越して泣けてくるね」

 饒舌になっている。本気の怒り方だ。
 言われたことが図星なのもあって、俺は唇を噛むことしかできなかった。

「何故なのです?」
「あ?」
「どうして弟子をお取りにならないのですか?」
「あんたに説明する義理はない」
「私が良家の生まれだからですか?」
「は?」
「温室育ちのお嬢様には務まらないとお思いですか?」
「関係ねーよ。相手がどこの誰だろうと、オレは弟子に取らないし、その理由も説明しない」
「他人に継承することは不可能だとお考えなのですか?」

 親父は深くため息をつき、舌打ちをして、それから低い声で言った。

「おいお嬢様、女だからっていつまでも優しく相手してもらえると思うなよ」

「優しくなど!」短い金髪を揺らし、アイラは声を張り上げた。「されてきませんでした!」

 その後数秒間、火の爆ぜる音だけがしていた。

「14歳まで、私は男として育てられました。母が第2子に恵まれなかったためです。戦時ではないとて女に騎士団を率いらせるなどあり得ない……いや、あれは男なのだ、実際に膂力(筋力)は目を見張るものがある……側室に産ませては……果たして諸侯が何と言うか……――大人たちの言い合いを近くに遠くに聞きながら、私自身には選択肢などなく、お前は将来ラフギネスト家を背負って立つのだと言い聞かされ、日夜、男としての訓練に明け暮れました。
 ところが、養子を取ることが決まると、あっさりこう言われました。今日からお前は女だ、と。そして今度は花嫁修業が始まりました。
 政略結婚など普通のことです。初めから女として育てられていれば何の疑問も抱かなかったかもしれません。しかし私には、大人たちの思惑で自分の人生が決められていくことに我慢がならなくなりました」

 それで、来たのか。新大陸に。
 一攫千金を求めて来る者たちや、彼らを顧客とする商人たちばかりではない。
 新しい、何か。
 今までなかった何か。
 漠然とした未知との遭遇を求めて渡ってくる人々もいる……と、噂には聞いていた。それは往々にして良家の次男・三男で、噂には嘲りの色が含まれていた。
 自分探しの旅ですかい? ボンボンはお気楽なこって。

「バドさんのお店であなたのナイフを目にした時、これだ! と直感したのです。ようやく出会えた。こんな美しいものを生み出せる人に私もなりたいと」
「色眼鏡ってやつだろう。あんたは実家との縁さえ切れるなら何だっていいのさ」
「いいえ。確信があります。今まで生きてきてこんなに心を動かされたことはありませんでした。あなたの描く刃紋は、本当に綺麗。どんな宝石よりも」
「……」
「お願いです、どうか私を弟子に。力は男性に負けません」
「弟子は取らない」
「では、小間使いでも結構です。目で見て勝手に盗みます」
「それも許さない。諦めろ。オレの技術は、オレ一代で終わりだ」

 なおも何か言おうとするアイラを手で制する。

「あのさ、改めて聞くけど、どうしてなんだ?」
「……」
「息子の俺にも言えないことなのか?」
「何度も言わせるな。相手が、”どこの”、”誰でも”、俺は理由を説明しない」
「……そっか。わかった」

 この人は俺より40年も長く生きている。色々あるんだろう。言いたくないと言っているのを無理に聞き出すことはない。
 元気で仕事をしてくれているんだからそれでいいじゃないか。不思議と、俺はそんな気分になっていた。

「親父、俺が誰を雇うかは俺の勝手だよな?」
「ああ、店はオレのじゃねえからな」
「じゃあアイラさん、うちの店に来てくれないか。君が惚れ込んだものを、世の中に知らしめる手伝いをしてほしい」

 正確には「知らしめる」ではなく「思い出させる」であり、そのほうが難しいのだが。

「わかりました。宜しくお願い致します。決断は疾くせよと、男であった頃に教わりました」

 決断は疾く、か。昨日少し話しただけだが、やはりハイネとも気が合いそうだ。

「けれど、エルディン様、どうかお忘れなく。私は諦めていませんから」

第8話「模倣」