『新大陸の武器商戦』第8話「模倣」

店に戻ると、客はおらず、ハイネが店頭の刀を険しい表情で見つめていた。
「ただいま」
「おかえりなさい。どうだった?」
「いい知らせを悪い知らせがある」
「じゃあいい方からお願い」
「アイラがうちで働いてくれることになった」
と、改めて紹介すると、アイラは元騎士らしく姿勢を正した。
「商いは素人ですが、足手まといにならぬよう精一杯務めさせていただきます。何卒宜しくお願い致します」
ハイネは微笑み、握手を求めた。
「歓迎するわ、アイラさん。この刀の素晴らしさをわかってくれる仲間ができて嬉しい」
「それで、悪い方の知らせなんだけど」
「もうわかるわよ。エルディンさんは弟子に取ってくれなかったのね」
「取りつく島も無しだったな。ったくあのクソ親父、何を考えてんだか……」
「ナイフの増産ができないとなると……ちょっと困ったことになったわね」
ハイネが「困った」という言葉を使うのを、俺はこの時初めて聞いた。
「そっちも何か知らせがあるみたいだな?」
「ええ。残念ながら、悪い方だけ」
「じゃあいい方から聞かせてくれ」
「悪い方だけって言ってんでしょ。あんたそれ冗談のつもり?」
俺なりに雰囲気を和らげようとしたつもりなのだが、うまく伝わらなかったようだ。慣れないことはするものではない。
ハイネはアイラにこれまでの経緯を簡潔に説明した上で、眉間にしわを寄せた。
「で、その”見立て”がね……パクられたの」
「……はい?」
「ヒューガルデン商会がこのすぐ近くに支店を出してきて、うちとまったく同じ、開拓者に合った装備を見立てるサービスを始めたわ」
「パクリじゃねーか!」
「だからそう言ってるでしょ」
地域一番店のくせに、ちっぽけな個人店をパクるとは……。
「プライドないのかあいつら」
「なりふり構わず来たわね。たぶん、検定制度にビクともしなかったのがカチンと来たんじゃないかしら」
「こっちの体力を削るだけが狙いじゃなくて、恫喝でもあったってことか。生意気な真似すんなよと」
「後悔はしてないけどね。こっちが折れる理由は無い」
「手法を盗まれたのであれば」と、アイラ。「異議を申し立てるべきではありませんか?」
俺とハイネは顔を見合わせた。
いかにも良家の生まれらしいまっすぐな意見だ。
「残念だけど、こちらからは何も言えないわ」
「何故ですか?」
「私は見立てに関して、何か権利を持ってたわけじゃない。気の利いた店なら昔からやってたことだろうしね」
「ですが、状況から見て、明らかに当店の模倣でしょう?」
「真似しちゃいけない決まりはないのよ。営業も陳列も在庫管理も、誰かが生み出した上手い手はみんなが真似して、洗練されていく。定石はそうやってできてきた」
「……」
「小説じゃあるまいし、独創性を追求してもしょうがないのよ。商売なんだから売れれば正義」
腑に落ちない表情のアイラを気にかけつつ、「でもさ」と、俺はふと湧いた疑問を口にした。「見立てって、そんな簡単に真似できるものなのか? てっきりハイネの特殊能力みたいなもんだと思ってた」
「私は特殊能力のつもりだったんだけどね……。だからって、人の見立てにケチをつけるわけにもいかないし、仮に間違ってたとしても、客が納得して買って満足したならそれでいいのよ」
「いいんですか、それで!?」と叫んだ後、アイラは品よく口元に手を添えた。「あっ、申し訳ございません。来たばかりの素人が、偉そうな口をあれこれと……」
「いいのよ」と言って、ハイネは微笑んだ。「これはバドにも言ってることなんだけど、思ったことは包み隠さず言って。一緒に何かをやっていく上では大事なことだし、商売人ズレしてないあなたにしか気付けないことがあるかもしれない」
「わかりました。ありがとうございます」
チームの空気は悪くない。が、店は前途多難だ。
「で、どうする? 今まで上客だった初心者をごっそり奪われるとなると、かなり厳しいよな。次の手を考えないと……」
「そこなんだけど、”手”じゃもうキツいかもしれない」
「どういう意味だ?」
「今までは、大手のプライドにかけてパクリなんてしないと思ってた。でも……」
「そうか! もうあっちはプライドを捨ててきた。こっちが何か新しい手を差しても、またパクられるかもしれない」
「そう。こうなったら、奇手奇策の類じゃなくて、あっちが絶対に真似できないもので勝負するしかないわ」
と言えば、当然……。
「親父の刀、だよな」
ハイネは頷き、苦笑した。
「唯一無二の最高級品を最初から手にしてるのにね。難しいもんだわ。ナイフが売れれば刀も売れるようになるって期待してたけど、全然伸びてない」
「この刀の良さが」と、アイラ。「知れ渡っていないということですよね? 私が広場で演説してきましょうか? ご命令とあらば何でもやります!」
「いや、そんなこと……」と言いかけて、ハイネはフリーズした。
「どうした?」
「ちょっと待って。もしかして……」
沈思黙考するハイネを見守っていると、気の抜けた声が聴こえてきた。
「こんにちは~、刀く~ださいっ」
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コメント一覧
ハイネの台詞は歯切れがよくて、読んでて楽しいです。刃物のような切れ味が彼女自身のキャラクターにも反映されてる気がしますね
エルディンと二大推しですわ
ありがとうございます! 相棒の理想像の一つとして書いております。ぜひ今後とも推してやってください。
(投稿主様からのご要望により削除しました)