『新大陸の武器商戦』第9話「技能」

2022年4月16日

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「じゃあ、ぼちぼち出発しようかね~」
「よろしく、カールス。こっちは一年ぶりだから、足手まといになったらごめん」
「まぁ、ゆるゆる行こうよ。開拓ってほどでもないし。楽しい楽しいキノコ狩り」

 大陸北部に広がるトルテの森は、森林資源確保のため切り拓かれずに残されている。ホワイトセコイアの樹は建材として幅広く利用され、薬草・香草の類も豊富。
 俺たちのターゲットは日当たりの悪い場所にしか生えないゲッコーダケ。火を使わない照明器具として重宝されている。

「僕は毎年一人で行って慣れてるから、安心してついてきてよ」

 ゆったりとした絹の衣、編笠。腰に親父の刀。
 昔は「開拓者」と言えばこのスタイルだった。
 今は動きやすさと耐久性を兼ね備えたタイトな戦闘服が開発され、刀は廃れた。
 カールスに戦闘服を着ない理由を尋ねたら、「う~ん、高いし」「どうせ死ぬ時は死ぬんだから着心地優先」とのことだった。
 ちなみにこちらは装甲硬めの戦闘服を着ている。怪我でもしたら迷惑をかけてしまう。

 ◇ ◇ ◇

 ハイネの考えはこうだ。

「私たちがアピールしなきゃいけないのは、切れ味でも美しさでもない。使い方だったのよ」

 ダイアクラブという壁にぶつかって以降、刀の使用者はみるみる減った。
 使用者が減るということは、指導者も減るということだったのだ。

「基本動作以外は実地で、パーティーの先輩から教わるはず。バド、あんたもそうだったでしょ?」
「ああ」

 適性がないのか、あまり上達せず、前衛には立たせてもらえなかったが、ラーデさんから刀術の手ほどきを受けた日々は鮮やかに思い出せる。

 この大陸には道場は無い。
 否、一時的にあったが、すぐに廃れてしまった。対人の格闘術ならともかく、魔物との戦闘やサバイバル術に関して、屋内で教えられることはあまり多くない。

「未経験者が使い方を学ぶ機会を復活させないといけないわ」
「でも、今さら道場は厳しいよな?」
「ええ。それで考えたの。バド、あんたかなり絵が上手いわよね?」
「そうか?」
「店の看板とか、大したもんだと思うけど」

「えっ!?」と、アイラが素っ頓狂な声を上げた。「あれ、バドさんが描いたんですか?」

「そんなに意外か……」
「あっ、すみません……」
「親父と一緒に住んでた頃、客なんて滅多に来ないから、カウンターに座ってても暇でさ。掃除とか一通り終わったら、ずっと絵を描いてたんだ」
「素晴らしいです! 努力の賜物ですね」
「いや、暇つぶしの産物だよ」

「入手経路は何であれ」と、ハイネ。「そのスキルを活かしてもらう時が来たわ」

 ◇ ◇ ◇

 港町から街道を西へ二日。
 コルシェ村から一路、荒野を北へ。

 カールスがジャモンウシの後ろ蹴りを見切り、胴を断ち割る瞬間を目に焼き付ける。こんなの図解されても真似できんだろ……と思いつつ、素早くスケッチする。
 いや、きっと即座に真似できなくてもいいのだろう。自分もやってみたい。使ってみたい。そういう憧れを喚起できれば購入意欲に繋がる。

 店の留守はアイラに任せてきた。彼女は物覚えがいいし、ハイネもいる。女二人きりになるが、アイラには男として培った武道の心得がある。

「いや~、便利だね~ナイフ。あのエルディンさんが刀以外のもの打つなんて、僕には未だに信じられないけど」

 そう言いながら、手際よくジャモンウシを解体するカールス。刀の使用例ではないけれど、これも描いておこう。
 露出したはらわたから立つ湯気。熱。生きていたのだ、つい先ほどまで。慈しむわけではないが。

 小川のそば、見通しの良い場所にテントを建て、焚き火を起こす。
 ジャモンウシの脂の匂いが鼻をつく。
 肉に火が通るのをのんびり待ちながら、カールスは刀に砥石を当てている。もちろんこれも描いておく。
 鉛筆を走らせながら、ふと気になった。

「一つ聞いていいか?」
「何でもどーぞ」
「カールスは、なんで一人なんだ?」
「んー、何だろう。一人が好きだから、かなぁ」
「パーティーにいたことは?」
「もちろんあるよ。刀の使い方はそこで教わった」
「そのパーティーは?」

「根掘り葉掘りじゃん」と、カールスが笑った。

「あっ、ごめん」
「いや、いいよ。そのパーティーはなくなっちゃった、色々あってさ」
「……」
「あるんだよね、色々。人間が何人か集まると、どうしても」
「うん」

 俺と親父の間にも色々あった。家を出て本当に良かったと思う。今は――アイラの弟子入り志願の件ではまた衝突してしまったが――何とかまともな距離感を保てている。
 ハイネ・アイラともうまくやれている。けれど、今後長い関わり合いになるなら、きっと何事も無しでは済まされないだろう。

「だから僕は一人が好きなのかもね。一人じゃできないことも多いんだけどさ。ガンザシの出るエリアとかレテ川方面には行けないし」

 大抵4~6人、少なくとも2人でパーティーを組むのが普通だ。カールスのような単独行は、危険行為として非難されることもある。

「ま、開拓は無理でも、自分の力量の範囲で狩猟採集してる分には問題ないからね。わりと気に入ってるよ、この生活」
「でも……」
「何?」
「刀術の訓練、続けてるよな。現状維持で満足してるわけじゃない」
「まーね。今のままじゃ、及ばないから」
「及ばないって、誰に?」

「ちょいちょい、ストップ」と、カールスがまた笑う。「一方的過ぎ。バドがこんなに喋る人とは知らなかったなあ」

「ハイネの影響……かな。思ったことすぐ言うくせがついた」

「……ふ~ん。そしたら、今度はこっちの番ね」と言って、カールスが目を光らせた。「ハイネちゃんとは、どうなの?」

「え?」
「とぼけちゃって~。わかるだろ~。男女としてどうなのって話」
「いや……俺たちは、仲間だよ、ただの。仕事の」
「ほんとぉ?」
「本当だよ。まぁ、美人だなとは思うけど、別に」

 嘘ではない。
 恋愛感情が無いからこそ、ここまでうまくやってこれたとも言える。
 いや……無いというのは、もしかしたら封じているのかもしれない。そこまでは認めよう。だが封じて封じられるものならその程度ということだし、封じられないとしても今以上に何がどうなるだろう。
 アイラにも気まずい思いをさせる。

「じゃあ、アイラちゃんは? 彼女も相当かわいいよね」
「いや、そっちもないって。俺ら三人の間にそういうの無し」
「そっか~。だったら、僕が狙ってもいいよね?」

 ……え?

「……それは、どっちを?」

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