『新大陸の武器商戦』第9話「技能」

「じゃあ、ぼちぼち出発しようかね~」
「よろしく、カールス。こっちは一年ぶりだから、足手まといになったらごめん」
「まぁ、ゆるゆる行こうよ。開拓ってほどでもないし。楽しい楽しいキノコ狩り」
大陸北部に広がるトルテの森は、森林資源確保のため切り拓かれずに残されている。ホワイトセコイアの樹は建材として幅広く利用され、薬草・香草の類も豊富。
俺たちのターゲットは日当たりの悪い場所にしか生えないゲッコーダケ。火を使わない照明器具として重宝されている。
「僕は毎年一人で行って慣れてるから、安心してついてきてよ」
ゆったりとした絹の衣、編笠。腰に親父の刀。
昔は「開拓者」と言えばこのスタイルだった。
今は動きやすさと耐久性を兼ね備えたタイトな戦闘服が開発され、刀は廃れた。
カールスに戦闘服を着ない理由を尋ねたら、「う~ん、高いし」「どうせ死ぬ時は死ぬんだから着心地優先」とのことだった。
ちなみにこちらは装甲硬めの戦闘服を着ている。怪我でもしたら迷惑をかけてしまう。
◇ ◇ ◇
ハイネの考えはこうだ。
「私たちがアピールしなきゃいけないのは、切れ味でも美しさでもない。使い方だったのよ」
ダイアクラブという壁にぶつかって以降、刀の使用者はみるみる減った。
使用者が減るということは、指導者も減るということだったのだ。
「基本動作以外は実地で、パーティーの先輩から教わるはず。バド、あんたもそうだったでしょ?」
「ああ」
適性がないのか、あまり上達せず、前衛には立たせてもらえなかったが、ラーデさんから刀術の手ほどきを受けた日々は鮮やかに思い出せる。
この大陸には道場は無い。
否、一時的にあったが、すぐに廃れてしまった。対人の格闘術ならともかく、魔物との戦闘やサバイバル術に関して、屋内で教えられることはあまり多くない。
「未経験者が使い方を学ぶ機会を復活させないといけないわ」
「でも、今さら道場は厳しいよな?」
「ええ。それで考えたの。バド、あんたかなり絵が上手いわよね?」
「そうか?」
「店の看板とか、大したもんだと思うけど」
「えっ!?」と、アイラが素っ頓狂な声を上げた。「あれ、バドさんが描いたんですか?」
「そんなに意外か……」
「あっ、すみません……」
「親父と一緒に住んでた頃、客なんて滅多に来ないから、カウンターに座ってても暇でさ。掃除とか一通り終わったら、ずっと絵を描いてたんだ」
「素晴らしいです! 努力の賜物ですね」
「いや、暇つぶしの産物だよ」
「入手経路は何であれ」と、ハイネ。「そのスキルを活かしてもらう時が来たわ」
◇ ◇ ◇
港町から街道を西へ二日。
コルシェ村から一路、荒野を北へ。
カールスがジャモンウシの後ろ蹴りを見切り、胴を断ち割る瞬間を目に焼き付ける。こんなの図解されても真似できんだろ……と思いつつ、素早くスケッチする。
いや、きっと即座に真似できなくてもいいのだろう。自分もやってみたい。使ってみたい。そういう憧れを喚起できれば購入意欲に繋がる。
店の留守はアイラに任せてきた。彼女は物覚えがいいし、ハイネもいる。女二人きりになるが、アイラには男として培った武道の心得がある。
「いや~、便利だね~ナイフ。あのエルディンさんが刀以外のもの打つなんて、僕には未だに信じられないけど」
そう言いながら、手際よくジャモンウシを解体するカールス。刀の使用例ではないけれど、これも描いておこう。
露出したはらわたから立つ湯気。熱。生きていたのだ、つい先ほどまで。慈しむわけではないが。
小川のそば、見通しの良い場所にテントを建て、焚き火を起こす。
ジャモンウシの脂の匂いが鼻をつく。
肉に火が通るのをのんびり待ちながら、カールスは刀に砥石を当てている。もちろんこれも描いておく。
鉛筆を走らせながら、ふと気になった。
「一つ聞いていいか?」
「何でもどーぞ」
「カールスは、なんで一人なんだ?」
「んー、何だろう。一人が好きだから、かなぁ」
「パーティーにいたことは?」
「もちろんあるよ。刀の使い方はそこで教わった」
「そのパーティーは?」
「根掘り葉掘りじゃん」と、カールスが笑った。
「あっ、ごめん」
「いや、いいよ。そのパーティーはなくなっちゃった、色々あってさ」
「……」
「あるんだよね、色々。人間が何人か集まると、どうしても」
「うん」
俺と親父の間にも色々あった。家を出て本当に良かったと思う。今は――アイラの弟子入り志願の件ではまた衝突してしまったが――何とかまともな距離感を保てている。
ハイネ・アイラともうまくやれている。けれど、今後長い関わり合いになるなら、きっと何事も無しでは済まされないだろう。
「だから僕は一人が好きなのかもね。一人じゃできないことも多いんだけどさ。ガンザシの出るエリアとかレテ川方面には行けないし」
大抵4~6人、少なくとも2人でパーティーを組むのが普通だ。カールスのような単独行は、危険行為として非難されることもある。
「ま、開拓は無理でも、自分の力量の範囲で狩猟採集してる分には問題ないからね。わりと気に入ってるよ、この生活」
「でも……」
「何?」
「刀術の訓練、続けてるよな。現状維持で満足してるわけじゃない」
「まーね。今のままじゃ、及ばないから」
「及ばないって、誰に?」
「ちょいちょい、ストップ」と、カールスがまた笑う。「一方的過ぎ。バドがこんなに喋る人とは知らなかったなあ」
「ハイネの影響……かな。思ったことすぐ言うくせがついた」
「……ふ~ん。そしたら、今度はこっちの番ね」と言って、カールスが目を光らせた。「ハイネちゃんとは、どうなの?」
「え?」
「とぼけちゃって~。わかるだろ~。男女としてどうなのって話」
「いや……俺たちは、仲間だよ、ただの。仕事の」
「ほんとぉ?」
「本当だよ。まぁ、美人だなとは思うけど、別に」
嘘ではない。
恋愛感情が無いからこそ、ここまでうまくやってこれたとも言える。
いや……無いというのは、もしかしたら封じているのかもしれない。そこまでは認めよう。だが封じて封じられるものならその程度ということだし、封じられないとしても今以上に何がどうなるだろう。
アイラにも気まずい思いをさせる。
「じゃあ、アイラちゃんは? 彼女も相当かわいいよね」
「いや、そっちもないって。俺ら三人の間にそういうの無し」
「そっか~。だったら、僕が狙ってもいいよね?」
……え?
「……それは、どっちを?」
ディスカッション
コメント一覧
乙です!
>今は動きやすさと耐久性を兼ね備えたタイトな戦闘服が開発され
初見でビジュアルが想像できず、ん? となってしまいました。リングアーマーみたいなやつ? それともファンタジー素材製? とりあえず服なんだよな? でも下の行に「着心地優先」「装甲厚めの」ってあるし……。ならどう装甲厚いの?
もう少し見た目にも触れてほしかったかなあと。旧来の開拓者スタイルが一発で想像できたので、余計落差を感じたのかもしれませんが。
>露出したはらわたから立つ湯気。熱。生きていたのだ、つい先ほどまで。
>ジャモンウシの脂の匂いが鼻をつく。肉に火が通るのをのんびり待ちながら、カールスは刀に砥石を当てている。
やはりこういう描写は、架空世界だからこそ大事ですよね。昨今は流行らないのかもしれませんが……
そういえば、僕がこのサイトを毎日チェックしようと思ったきっかけが 「中世ヨーロッパ風」を捨てよ、ディテールを書こう の記事に強く同意したことだったなあと思い出しました。あれを見ていなければ、色々な記事で多数のコメントを見て勉強させてもらうこともなかったんだろうなと考えると、管理人さんにはつくづく感謝しております。
>根掘り葉掘り
25年以上前、日本語の「根掘り葉掘り」にマジギレするイタリア人がいたのを思い出しましたw ファンタジー世界で日本のことわざや慣用句をどう扱うか(≒オリジナルの言い回しを作るかどうか)は、個人的に注目する部分だったりします。
>「そっか~。だったら、僕が狙ってもいいよね?」 「……それは、どっちを?」
いわゆる「ルドマンルート」ですねわかりますん
【やってほしいんか】
いつも即お読みいただきありがとうございます。
戦闘服の描写、確かにちょっと雑でしたね。とりあえず昔のと大きく変わったことだけ伝えて、あとは読み手の想像に任せてしまったのですが、アバウト過ぎました。それこそ取り上げていただいている「ディテール」(機能より外見の)を書くべきところだったように思います。
慣用句などの日本語ならではの表現、何度か他の記事でも取り上げてきましたね。個人的には日本語作品なんだからバンバン使ったらいいと考えております。いつかは説得力のあるオリジナルの慣用句を出せるほど作り込まれた世界観の作品も書いてみたいですね。
ルドマンルートは草です。懐かしいw
はじめましてこんばんは
少しひっかかりを感じた部分を記したいと思いますが、
普段から小説というものを読みなれているわけでもないので
見当違いな事を書いているかもしれません
今回の話は冒頭から時系列が入れ替わっているため一話分とばしてしまったのか?と思いました。
しかも入れ替えた先が「キノコ狩り」で特に興味をそそられる内容ではなかった為わざわざ入れ替える意味あるのだろうかと思わざるを得ませんでした。
個人的には剣が売れたとこまで飛ばしてからどの様な宣伝を行ったのか時を戻すとかなら納得できたと思います。
カールスという人物に関しても私は名前を覚える事が得意ではない様ですので新キャラ?と思いつつ読み進めておりました。
一週間に一話の更新で現実には二ヶ月くらい前の登場人物は忘れてしまいます。
「常連の」「親父の剣を今でも買ってくれている」などちょとした人物紹介があればなぁと。
前話の最後もただ「客」が来たとしか認識していなかったのでそこら辺も「親父の剣を愛用しているカールスが来た」程度の文があれば迷子にならずに清んだかと思います。
なんらかの参考になれば幸いです。参考にならなくてもまったく構いません。
亀レスすみませんm(_ _)m 読者の方と作者の側で作品の把握度・思い入れに乖離があったわけですね。というとごく当たり前のことなのですが、
> 一週間に一話の更新で現実には二ヶ月くらい前
こちらは全体を把握し、前回を読み直してから毎回書いているのに対し、読者の方は一週間前に一度読んだだけであるという点を意識できていませんでした。ご指摘ありがとうございます。銀英伝なんかはそのあたり、思い出させナビが適度にあって感心したことを思い出しました。更新の頻度によってケアすべき事柄が変わってくるかもしれませんね。
もしかしたら週ニ週三ぐらいのペースでも良かったかもしれませんね
単純に私がこのくらいのペースで読みたかったから言うのですが。毎日でも良かった。
最終回楽しみにしてます