『新大陸の武器商戦』第10話「予想」

2022年4月16日

第1話「進言」

第2話「協会」

第3話「決意」

第4話「交渉」

第5話「視線」

第6話「鉄則」

第7話「理由」

第8話「模倣」

第9話「技能」

「あっはっはっはっは!」

 カールスの笑い声が闇夜に溶けていく。

「冗談冗談。バドもそんな顔するんだね。収穫が多いなァ今回は」
「冗談……って」

 騙された、くそ。
 顔が熱い。焚き火の光に紛れていればいいが。

「僕は根っからの年上好きだからね。二人とも魅力的だけど対象外」
「あ、ああ……そうなんだ」

 カールスはジャモンウシの串を頬張り、肉汁を手の甲で拭って、皮袋のメリー(蒸留酒の一種)をぐいっとあおった。
 そして、「いや~、楽しいよバド」と、心から楽しそうに言った。「いつも一人だけど、たまにはいいもんだね。弟がいたらこんな感じなのかなァ」

 その言葉は嬉しかったけれど、なんとなく気恥ずかしくて、俺は黙っていた。黙っていても険悪になるまいという安心感もあった。

 するとカールスは少し間を空けて、「いや……そうでもないか」と自己完結した。「たまにだからいいんだよね。いつも一緒にいたら気が詰まる」

「カールスも、一人っ子?」
「そうだよ、バド。君と同じ」

 そうか。
 兄弟がいるってどんな感じなんだろうな。
 カールスの親は?
 頭に浮かんだ言葉はいくつかあったが、口にする前に消えてしまった。
 俺も酒が回ってきたらしい。

「さて、そろそろ寝よっかね~」
「了解」

 俺たちが口を閉ざすと、あたりは静寂に包まれる。
 小川のせせらぎだけが絶え間なく続く。
 見上げれば満点の星。

 ◇ ◇ ◇

 刀の使い方を図解した小冊子『刀術入門』は、無料配布にしたことにより、瞬く間に百部ハケた。
 作者としては嬉しい。が、刀の実売に繋がらなければ意味がない。

 ハイネが鋭く言った。「増刷しましょう。今度は二百部」

「お、おいおい、いいのか? 何部出ても一銭にもならないんだぞ。印刷費もかかるし」

「そうですよね」と、アイラ。「やっぱり刀に添付する形か、いくらかでも有料にしたほうが良かったんじゃ……」

「いえ、これで良かったはずよ」と、ハイネは腕組みをしたまま言った。「無料だから手に取ってもらえた。興味のないものに対して人は金を払わない。それがどんなに少額でもね」

「けど、百部の時点で成果ゼロだからな……」
「焦らないで。でも焦って」
「どっちだよ」
「『刀術入門』はよく出来てる。あんたの絵はめちゃくちゃ上手いし、カールスが補足してくれたおかげで文章もわかりやすい。あの人、いつもヘラヘラしてるけど、頭良かったのね」

 頭が良過ぎるせいでいつも一人なのかもしれない……と今は思っている。
 キノコ狩りからの別れ際、彼は「また今度」と言わなかったのだ。結構楽しかったから俺は少なからずショックだったが、もしこれがきっかけで頻繁に連れ立つようになったら、予定を合わせたり、何か気詰まりやすれ違いが生じたり、色々なことがあり得る。そういう予測が立ち過ぎるのだろう。
 ヘラヘラしているのもきっと、警戒されないため。物事を動かす力のある人間だと思われないため。
 快適に生きるために、常に計算して生きている。

「これを読んだら絶対に一度、刀を握ってみたくなる。私でさえそうだったもの」

「私もです!」と、アイラが声を張った。「片手剣とは足運びから何もかも違うのですね。とても勉強になります。あの、増刷されるのでしたら、私も一部いただいても……?」
「自分の分取ってなかったのかよ」

 律儀な彼女らしい。

「それは勿論いいんだけどさ……」
「ありがとうございます!」
「ハイネ、『焦って』の意味は?」
「おそらく、また妨害が入るわ」
「!」

 そうか。ヒューガルデン商会が……!

「初版百部の効果が現れるのをのんびり待ってる暇はない。バンバン配って、一気に売りましょう。奴らがどんな手で来るかはわからないけど、あまり時間が無いことは確かよ」
「わかった。アイラ、増刷を頼む」
「了解しました!」

 ◇ ◇ ◇

 ハイネの予想は、両方的中した。

 ついに刀が売れたのだ。
『刀術入門』の配布を始めて一週間で最初の一振りが売れ、そこからあれよあれよという間に、三十振りを売り上げた。計五百部の印刷費もしっかりと回収できた。

「おめでとうございます、バドさん!」
「ありがとう、二人のおかげだ」

 ここまで結構長い道のりだった。ハイネの来訪と決断、ナイフと「見立て」による地固め、アイラの加入、カールスとの旅路……何が欠けてもきっとここまで来られなかった。
 実家のカウンターで親父が鉄を打つ音を聴きながらダラダラと落書きをしていた頃に比べたら――その経験も意外な形で役に立ったが――何倍も濃い日々だった。
 
 十振り売れた時点で、三人でささやかなお祝いをした。カールスに教わった刀術でラセンウサギを仕留めて干し肉にし、ハイネが選んできた赤ワインと合わせた。その席でアイラがとんでもない絡み上戸と判明したが、何も覚えていないようだったので、本人には黙っておく。

 そして、もう一つの予想。
 かなり重い形で当たった。
 あらかじめ覚悟していたにもかかわらず、祝賀ムードは一瞬で消沈し、一同唇を引き結んだ。

 ある日のこと。売上の報告と今後の仕入れの相談に行くと、珍しく親父が作業をせず、火の入っていない炉をじっと見つめていた。

「バドよ、あー……何だ。ちょいと頼みがある」

 あの親父が「頼み」。今まで一度でも言われたことがあっただろうか。

 鉄を打っていない姿はどうも見慣れなくて、俺は少し上擦った声で「何だよ」と言った。

「鉄を、探してきてくれねぇか。オーリンの奴がもう卸せねぇと言ってきやがった。砂が涸れたのかと聞いたらそうじゃねぇんだが、とにかくオレんとこにゃもう卸せねぇんだと」

 安物の鉄で「エルディンの刀」は成り立たない。親父は砂鉄から手間暇かけて作る上質な鉄にこだわってきた。

「そういうわけで……悪いが……頼まれてくれねぇか」

第11話「談判」