『新大陸の武器商戦』第11話「談判」

※お知らせ:当初「全12話」と予告しておりましたが、ちょっと終わりそうになく、全13~14話となりそうですm(_ _)m
「不当です」アイラは確かな怒りを込めて言った。「不当であり、卑劣です。原材料を断つという手はその気になればもっと早く打てたはず。わざわざ売れ始めるのを待つなんて、我々を傷つけるためとしか思えません」
「その通りね」と、ハイネ。「これはもう商売上の戦略でも何でもない。前から変だとは思ってたけど、まさかここまで徹底してくるなんて……」
「訴えるべきです」
「誰に? なんて?」
「まずオーリンさんに、鉄をまた卸してくれるようにお願いしましょう」
「無理よ。エルディンさんとはずいぶん長い付き合いになるのに、急に取り引きをやめるなんて、よっぽどの悪条件を突き付けられたに違いないわ」
「ええ。ですからそれを確かめて、今度はヒューガルデン商会に乗り込むんです」
「……」
ハイネは眉間に皺を寄せている。
それが不正な行為だと取り締まってくれる法律はない。もしかしたら遠い未来にはそういうものができるのかもしれないけれど、とにかく今はない。
そして、法もなければ、おそらく証拠もない。どんな悪条件が出されていても、書面で残っていなければ外野からはどうにもできない。たとえば「エルディンとの取り引きを停止しないと今後他の全業者が取引を中止する」という話である可能性は十分考えられるが、口約束でも効果は絶大だろう。オーリンさんが口を割ったとしても、ヒューガルデン商会はシラを切るに決まっている。
「アイラ、あなたのまっすぐなところは嫌いじゃない。でも喧嘩の相手は選ぶべきよ」
「そんな……! 本気で言ってるんですか? ハイネさんはエルディンさんの刀を見事に復活させたじゃないですか。そんなの無理だって誰もが思ってたはずです」
「私一人の力じゃない。それに、私のポリシーは別に不可能を可能にすることじゃないわ。私が売りたいと思ったものを、考えられる最善の方法で売る。それだけ」
「じゃあハイネは」彼女が無理だと言うなら、無理なのかもしれない。「もう方法がないと思うのか?」
「いいえ。要は砂鉄が手に入ればいいわけよね。他の商人を当たる道はある。でも、本国から仕入れる形だと商会に阻まれる公算が大きいわ」
「だな。それに、砂鉄なら何でもいいってわけじゃない。最上質の鉄じゃなきゃ、親父の刀にはならない」
「となると、現実的なのは結局オーリンさんの鉄よね。………間に一枚挟めば手に入るかも」
「一枚挟む?」
「バド、協会に仲良くしてる武器屋はいない? あんたと気が合って、ヒューガルデン商会の妨害に対して同情的な人。一度そこに仕入れてもらって、こっそり流してもらうのよ。その店にも旨味がないといけないから、値上がりは避けられないけど」
「……」
なるほど……こういう時に日頃の人付き合いが効いてくるのか……
「その表情は……駄目そうね……」
「すまん……」
「となると、あとは……」
「やっぱり納得できません」と、アイラ。「私、ヒューガルデン商会と話がしたいです」
ハイネはため息をつき、「ほんと、強情なのね。エルディンさんの刀に惚れるだけあるわ」と小さく笑った。「どうする、バド? アイラと一緒に、協会に乗り込んでみる?」
「いいのか?」
「私は、良い結果になるとは思わない。でも店主はあなたよ」
ハイネの言う通り、こじれる予感はする。
でも納得いかないのはアイラと同じだ。
「わかった。アイラ、力を貸してくれ」
「はい!」
◇ ◇ ◇
王室かよ。
通された部屋でまず思ったのがそれだ。
うちの売り場全体よりはるかに広い空間、細かな装飾が施された調度品の数々、バカデカいテーブル。
そんな、一般人なら確実に萎縮してしまうであろう部屋で――実際俺はすっかり飲まれていた――アイラは、立派だった。
店主の俺が情けなくなるぐらい、堂々と、妨害行為をやめるよう訴えた。
良家の生まれ故の慣れもあるのだろうが、それ以上に、強い意志を感じた。
どうしても売りたいのだと。
エルディン・クラックの刀を。
どうやら俺は、妥協しつつあったらしい。
もう売れっこないと思っていたのに、三十振りも売れた。刀じゃないけどナイフは流行った。上出来だ。大したもんだ……
もう頑張らなくてもいいんじゃないか。
そんな風に思いかけていた。
あの人の息子は俺なのに。
赤の他人が、俺より必死になってくれている。
火の消えた炉を見つめる親父の横顔を思い出して、俺は拳の内側に爪を立てた。
商会を束ねるラグ氏は、おそろしいほど静かに、じっとアイラの話を聞いている。
隻眼に光がない。
妙だ、と思った。
いつも協会の会合で放っている重苦しいオーラがない。抜け殻のようだ。
本当に同一人物なのか?
「理由をお聞かせください。なぜ我々の商いを邪魔するのですか? 協会は互いに協力し合うはずのものでは?」
ラグ氏が口を開いた。「無論、原則としてはその通りだ」
「では、あなたの行いは原則を破っています」
「ガキが」その言葉には、会合では一度も聞いたことのない、烈しさが込められていた。「原則がすべてに適用されるとでも思ってるのか?」
妙な雰囲気の理由がわかった。この男は今、商人じゃない。一個人としてここにいる。
「覚えておけ。人間は感情的な生き物だ。原則も互いの利益も無視して、復讐に走ることがある」
「復讐?」
「オレは徹底的にエルディン・クラックを追い詰める。個人的に、感情的に、あの男の刀を葬り続ける。あえて抗わせ、叩く。弄る。あの男の栄光とやらをオレは全身全霊で否定する。だが、命までは取らないさ……あれでも父親だからな」
ディスカッション
コメント一覧
乙です!
思わず「なん……、だと……」となった衝撃の事実来ましたね。まさか「I’m your brother!」「Noooooo!!」だったとはこのリハk
この作品がどうだということではないんですが、「実はこうだったんだよ!」をやる場合、あらかじめ伏線を仕込んでおくべき(マストに近いモアベター)だなと思いました。
そうしておけば、読者から唐突だと言われても「この部分読み返してちょーだい」と返せますから。身を守る防具は大事ですし。とはいえ「読み返せば納得できる」バランスをとるのも簡単じゃないんですけど(やっぱり自戒)
いつも以上に雑な感想で申し訳ないですが、次回も楽しみにしております。
いつもありがとうございます。お返事遅くなって申し訳ございませんm(_ _)m
こういうのは解説したら負けなのですが一応触れておきますと、実は「親父が高齢という事実」と「カールスが言った(一人っ子?に対する)『君と同じ』という言葉のかすかな唐突さ」が、伏線ではないものの、一種の匂わせ的なものとして置いてありました。もちろん気付いていただけなければ無意味であり、「実は」の場合マストに近いというのはおっしゃる通りだと思います。
もう数話で完結となります。引き続きよろしくお願いします。