『新大陸の武器商戦』第12話「昔話」

2022年4月16日

第1話「進言」

第2話「協会」

第3話「決意」

第4話「交渉」

第5話「視線」

第6話「鉄則」

第7話「理由」

第8話「模倣」

第9話「技能」

第10話「予想」

第11話「談判」

 なるほど、言われてみれば確かに似ている。目付き、鷲鼻、他者を突き放すような話し方。

「安心しろ、腹違いだ」
「そうかい。何が安心なのか知らんけど」

 にしても、あの人格破綻者が二度も結婚できたとは……世の中何があるかわからない。

「では、お引き取り願おうか」
「まだ話は終わってない」
「こちらには何の得もないのに理由を話してやったんだ。丁重に感謝の言葉を述べて去れ」
「何故親父を恨む?」
「あの男に聞いてみればいい」
「どうして自分の口で言えない」

「苦しめたいからだ」と言って、ラグは口角を上げた。「健気に刀を売ってくれるかわいい息子に、自分の罪を問い詰められるのはさぞ気分が良かろう」

「そうか。じゃあいい」

 今ここでこいつから聞き出したところで、俺たちの現状が何か好転するわけじゃない。
 無意味な寄り道はしない。一直線に目的地へ向かう。ハイネの考え方が俺にも染み付いてきた。

「何があったか知らないが、償う方法はないのか?」
「は?」
「俺の目的は商売の妨害をやめてもらうことだ。方法があるなら教えてほしい」
「これはこれは……想像以上に孝行息子だな。貴様があの男に代わって償うのか?」
「そうは言っていない。俺の罪じゃないんだ。親父に償わせる」
「不可能だ。よく知っているだろう、あの男のことは」
「無茶でもなんでも、やるしかない」
「無茶だとは言っていない。不可能だと言ったんだ」
「それは、親父が何をしようと、あんたは絶対に許さないという意味か?」
「理屈っぽいな、弟よ。実はオレもそうなんだ。それでここまでのし上がれた」
「……」
「興が乗ったので教えてやろう。両目を潰せば許してやる」
「……目?」
「子供の片目を潰したんだ。本当にすまないと思っているなら、自分の両目ぐらい潰せるだろう」

 眼帯。親父と関係あったのか。

「だが両目を潰せば刀が打てなくなる。あの男にとって刀を打つことは全てに優先する事柄。よって、不可能だ。理解したか?」
「他に償う方法はないんだな?」
「……ほう、ここでよくそれを確認したな。大した胆力だ」
「あるのか、ないのか?」
「ない」
「そうか」
「悪いことは言わん。もう見捨てろ。オレはお前たちには何の恨みもない。あの男の刀さえ売ろうとしなければ、協会員として支えてやる」
「ご忠告と情報提供、心より感謝する。じゃあ、これで」

 席を立つと、アイラが「バドさん! いいんですか?」と声を上げた。

「ここでできることはもうない。帰ってこれからの話をしよう」
「でも……!」
「アイラも、ありがとうな。おかげでモヤモヤが晴れた。まだモヤってる部分もあるけど」
「……」
「さぁ、帰ろうぜ」

 ◇ ◇ ◇

 店に戻ると、カールスが暇そうに『刀術入門』をパラパラとめくっていた。

「おかえり〜。この本、面白いね〜」
「自画自賛かよ……」
「いやいや、本当に面白いんだよ。僕も自分の技術を他人にわかるように説明したことなかったからね、いい勉強になった」
「それは何より。ところで、オモテの臨時休業って看板は見えなかったのか?」
「冷たいなァ。いいじゃんお得意様なんだから。それより、デートは楽しかったかい? ハイネちゃん一人に留守番させて」

 デートという単語にアイラがビクッとしたが、まぁ放置でいいだろう。

「収穫はあったよ」
「デートで収穫って何よ(笑)」
「悪い、カールス。今日は冗談に付き合ってる暇は……」
「ごめんごめん、ふざけ過ぎた。あの男から、全部聞けた?」
「! 何か知ってるのか」
「何もかも知ってる。関係者だからね」

「全部話してくれるって」と言いながら、奥からハイネがマグカップを4つ運んできた。「じっくり聴きましょ。コーヒーでも飲みながら」

「気が効くねぇ。さすが接客のプロ」
「接客は苦肉の策ですお客様。でも色々と学ぶところはあったわね」

 カールスとハイネの穏やかさは、嵐の前のそれということなんだろう。
 アイラも緊張しているのか、カップを持つ手が震えている。

「さて、いいニュースと悪いニュースと昔話、どれから話そうか?」
「じゃあ、昔話で」

 ◇ ◇ ◇

 ラグの母親――ヒナさんは、最強の剣士だった。
 大きな目で獲物をじっと見たかと思うと、次の瞬間には獲物は地に伏して、長い黒髪がかすかに揺れている。本当に強くて、きれいで、エルディンさんの無愛想さを補って余りあるほど明るい人だった。

 その技に見合う刀を。
 その刀に見合う技を。

 ヒナさんとエルディンさんは、剣士と鍛冶屋として、互いを高め合う関係だったんだ。
 僕は羨ましくてたまらなかった。
 なんで知ってるかっていうと、当時、パーティーの一員だったからなんだ。ヒナさん、エルディンさん、ヒナさんが本国で開いてた道場の弟子が6人の8人パーティー。僕も弟子の1人だった。
 港町ができると、その少し内陸に作業小屋を建てて、エルディンさんはそこに腰を落ち着けた。開拓に出ていく僕らの拠点でもあった。
 6人の弟子のうち、僕が最年少で、その次がラグだった。そう、息子連れで渡ってきたんだ。
 エルディンさんはラグに、鍛治の技術を教え込もうとした。
 ラグは前線に出たがったけど、エルディンさんは強要した。
 昼も夜も、怒鳴って、引っぱたいて、倒れるまで教え込んだ。たぶん、ラグの意志なんか考えもしなかった。自分の技術を世に残すことで頭がいっぱいだった。唯一無二、最高峰って自覚があったんだろうね。実際その通りだし。
 それで……ある日、ラグがいつものように刀を打たされてる時、折れた切っ先が右目に飛び込んでね……

 あれは、本当に痛そうだった……

 僕らも開拓で怪我をすることはあるけど、好きでやってることだからね。やりたくもないことで一生の傷を負うなんて、耐え難い痛みだったと思う。
 しかもその時エルディンさんは、労わるでも謝るでもなく、こう言ったんだ。

「馬鹿野郎! この下手クソが!」

 ……その後、ラグはあの家を飛び出して、ヒナさんは次の開拓でダイアクラブに殺された。当時はまだダイアクラブって名前もついてなかったかもしれない。僕らが最前線だったから。
 ラグとヒナさんを失って、エルディンさんは誰とも口を聞かなくなって、僕らは散り散りになった。今でもラグ以外の消息は全然わからないし、ラグのこともあのデカい店ができて初めて知ったんだ。

 と、まぁ、昔話はこんなところかな。

第13話「思慕」