『新大陸の武器商戦』第13話「思慕」

2022年4月16日

第1話「進言」

第2話「協会」

第3話「決意」

第4話「交渉」

第5話「視線」

第6話「鉄則」

第7話「理由」

第8話「模倣」

第9話「技能」

第10話「予想」

第11話「談判」

第12話「昔話」

「あ、次の話に行く前に何か質問ある?」
「いや……特にないかな」

 自分の母親のことが気にならないではないが、現状と関係があるならカールスは聞かれる前に話しただろう。何も語らなかったのだから、つまりそういうことだ。

「次は悪いニュースを頼む」
「そっち? おいしいものは後にとっとくタイプなんだね。ってか、ごめん。僕の話しやすさの都合で、いい方からでもいいかな」
「わかった。じゃあ、それで」

 あー……また流されてんな。

 心の準備をしながら、俺はなんとなくそんなことを思っていた。
 ハイネが現れなければ、独立しようなんて思わなかっただろう。
 アイラが申し出てくれなければ、今でも何も知らずに首を捻るばかりだっただろう。
 そしてカールスがここに来ていなければ、きっとあの男に言われたことを噛み砕くので精一杯だっただろう。罪とは何なのか、自分で親父に問い詰める勇気が湧いたかは疑わしい。
 
 もちろん、要所要所で決断や工夫はしてきた。でも、俺が主体的に切り拓いたことって何かあっただろうか。ここは開拓者たちの大陸で、これは俺の人生なのに。
 仲間に恵まれ、導かれたと言えるかもしれない。けれど俺は、このままでいいのか?
 今、俺がやりたいことは何だ?

「さて、突然ですがここでクイズです。ダイアクラブの因子の影響って今どのぐらいまで来てると思う?」

 ……?
 ニュース、じゃないのか?
 カールスの突然の問いかけに、俺とアイラは唖然とした。ハイネも要領を得ないという顔をしている。

「誰もわかんない? なら答え言っちゃうね。正解は、0で~す」
「0……って、どういうことだ?」
「では第2問、どういうことでしょう?」

「……やられたわ」と、ハイネが苦々しい声を出した。「私もすっかり信じてた」

 ……まさか。

「嘘、ってことか?」
「そう。少なくとも僕は真っ赤な嘘だと思ってる。別にどの魔物も硬質化なんてしてないよ。硬いやつは昔から硬い。それだけ。食物連鎖で形質がどうのこうの……って、もっともらしい理屈がついてたけど、あの論文はきっとラグが学者に金をつかませて書かせたものだね」
「……」
「もっとも、僕は学者じゃないし、100%嘘だとは言い切れない。でも僕の体感では硬質化なんて一切してない。あの説がまかり通ったのは、腕のある刀使いが初期に大勢死んで、刀術の平均レベルが下がったから。挑まなければますます落ちるから……」
「相対的に魔物が硬くなったように見える、ってことだな」
「その通り。そして、こんな噂を流す理由は一つしか考えられない」
「親父の刀を、売れなくするため」

 カールスは頷き、テーブルの上で軽く拳を握った。

「正直、ラグの気持ちもわかる。でも僕はエルディンさんに、というか、ヒナさんに味方することにした。好きだったからね、ずっと」
「……ん? ちょっと待て。またよくわかんなくなったぞ」
「何か変なこと言った? 僕は道場にいた頃からヒナさんのことが好きだったんだ。横恋慕だよ横恋慕。キノコ狩りの時に話したよね? 根っからの年上好きだって」
「あ、ああ……聞いたな。確かに」

 でもまさかそんな、人の義理の母親が相手だなんて思わないだろう。

「そんなに引かないでよ~。告白も、何もしてない。ただ想ってただけ。そんで、これからも想い続ける。あの人の刀術は、僕が受け継ぐ。そのためにはエルディンさんの刀が必要になる」

 カールスは――口許はいつも通りにこやかだが、瞳は真剣そのもので、少し狂っているようにも見えた。
 師匠で、人妻で、すでに亡くなった人のために、一生を捧げようというのか。

「因子とかいうガセネタを流したことで、ラグの行動原理はハッキリした。落ち目にさせることは成功したけど、もしまた返り咲いてくるようなら、最終的には水源を断ってくるはず。だから僕は、密かにずっと探してたんだ、この大陸で砂鉄が採れる場所を」
「!」
「派手な功績を上げようとしなかったのも、誰とも組まなかったのも、ラグに目を付けられたら潰されると思ったから。性格的に一人が好きってのもホントだけどね」
「じゃあ、見つけてくれたんだな。砂鉄」

 ありがたい。
 気持ちに火が入った。
 この先何が待ち構えているとしても、とにかく刀が打てるなら何とかなる。何とか、してみせる。

「見つけたよ。ただし懸案事項は多い。①埋蔵量は不明、②質も不明、③精錬は誰がやるのか、④採取が非常に困難」
「……OK。それが悪いニュースか」
「いや、残念だけど、悪いニュースはもっと悪い」

「聴かせて」と、ハイネが身を乗り出した。

「ハイネちゃん、もしかして予想ついてる?」
「たぶんこれだろうっていうのはあるわ。この大陸に足を踏み入れた日から、ずっと頭の片隅にあったことだから」
「じゃあ、言ってみて」

 ハイネは珍しく目を伏せ、相手の顔ではなくテーブルを見つめたまま、小さな声で言った。「……先住民がいたのね?」

「その通り。まだ公式には発表されてないけどね」

 ――その存在は、すべての開拓者が、考えないようにしていたに違いない。

 本国の王、ラオムーン2世は、勇猛果敢にして気高い人物であった。
 30年前、トガリ島で密かに行われた、先住民の大虐殺。それを開拓史における致命的な汚点と見定め、新天地で先住民を発見した場合、ただちに開拓を中止し、もし彼らの生活区域を脅かしていた場合は速やかに返還・修繕することを、厳罰を添えて言い渡している。

 先住民がいた、ということは、開拓は切り上げねばならない。

 おそらく最初の遭遇からすでに何ヶ月か経っているのだろう。報告すればもう稼げなくなる。生活が一変する。隠されていたはずだ、しばらくは。
 カールスが言っているのは、もう隠し切れないほど、知る人間が増えたということだろう。

「そういうわけだから、残念だけど、砂鉄を掘りに行ってる場合じゃないよね」

 座は、しん、と静まり返った。

 終わるのか。
 牙をもがれたまま、こんなにもあっけなく。

第14話「離別」