『新大陸の武器商戦』第14話「離別」

2022年4月16日

第1話「進言」

第2話「協会」

第3話「決意」

第4話「交渉」

第5話「視線」

第6話「鉄則」

第7話「理由」

第8話「模倣」

第9話「技能」

第10話「予想」

第11話「談判」

第12話「昔話」

第13話「思慕」

「まだ……わかんないよな?」

 声が上擦る。抑えようとすると、余計に。

「あのお触れが出てから先住民と出くわすのってこれが初めてだろ? もうこんなに開拓が進んで、生活してる人間が大勢いるのに、いきなり総引き揚げってことはないんじゃないか? それに、先住民の存在自体まだ確定したわけじゃない。もしかしたら何かの間違いってことも……」

「バド」と、鋭い声でハイネに遮られた。「前に言った商売の鉄則、覚えてる?」

 前って、だいぶ前だけどな。
 ハイネはあの時点、いや、それよりずっと前から心の準備ができていたってことか。

「……稼ぎ時に稼ぐこと、か?」
「そう」
「……」
「この大陸での稼ぎ時はもう終わったわ。次に行きましょう」
「ちょっと待ってくれよ」

 彼女がこういう人間なのはよく知っている。けど、淡白過ぎやしないか。

「次って何だよ。せっかくここまで頑張ってきたのに、なんでそんなにあっさり切り捨てられるんだ?」
「需要は探せる。商品の魅力はいろんな伝え方がある。でも、商機だけは人の手じゃ作り出せない。目に見えない大きな力に動かされてる。天気みたいなものね。空に雲一つなければ雨具は売れない」
「……」
「こう見えても悔しい気持ちはあるのよ。でも、大抵の物事は泣いても喚いてもどうにもならないから、私は泣きも喚きもしない。冷たい言い方でごめんね。あなたならわかってくれると思うんだけど」

「ああ、わかってんだけどさ」信頼してくれていることも。「……けど、親父はどうなるんだ」

「それはエルディンさんが決めることね」

 そうだよな。当然そうだろう。

「新大陸や無人島の捜索は今も続いてる。小斧を兼ねた使い方ができるエルディンさんの刀は、特に開拓初期に利便性が高い。本国に戻って、砂鉄をどうにか手に入れて、次の陸地発見に備えて量産しておけば、いつか売れるかもしれないわ」
「……」
「一番効率的なのは生産しながら、人に教えて授業料を取ることね。エルディンさんが弟子を拒んだ理由はよくわかったけど、客観的に見て、後世に残すべき技術だと私は思う」
「……」
「それか、”エルディンの刀”を諦めて、普通の鉄で良質なナイフを作れば、安定した売り上げが期待できるわね」
「……」
「いっそ、もう引退なさってもいいんじゃないかしら。ナイフは相当売れたし、食べていくだけなら十分な……」

「あの親父が」無理だろう。「そんな器用な人間だと思うか?」

「……思わないわ」
「ハイネみたいにいつも軽々と最適解を選べたらいいだろうな。でも人間、そんな奴ばかりじゃないんだよ」

 ラグも言っていた。人間は感情的な生き物。

「親父はきっと、自分で砂鉄を探して、これからもあの小屋で刀を打ち続けるだろう。開拓が止まって、誰にも売れなくなっても」

 カールスが砂鉄の存在を親父に伝えない理由はない。そして、聞けば一人でも掘りに行くだろう。

「もう……見捨てるしか、ないのか?」

 そうね、と言われると思った。
 しかし返ってきた言葉は違った。

「美術品として売る道があるわ」
「!」
「これは、あなたが私と組んでくれなかった場合に使うつもりだった方法。アイラが一目惚れしたように、エルディンさんの刀は本当に綺麗。開拓初期の主軸だったという歴史的価値もある。刀の使い手でなくても、価値を認める人間は多いはずよ」
「なるほど、それなら……!」

 一筋の光が見えた気がした。
 そこをサッと雲が遮る。

「あの」アイラが小さく手を挙げながら言った。「その前に、よろしいでしょうか」

「どうした?」
「申し訳ございません。誠に勝手ながら、私は今日限りでお暇をいただきます」

 声はかすかに震えていたが、目には断固たる決意が感じられた。

「美しいと、思っていました。初めて目にした時、こんなに美しいものがこの世にあるのかと、出会いを天に感謝しました。今でも……その、お店に携われたことは、大変光栄だったと思っています。ですが……」

 そうか。彼女もかつて強いられたんだ、生きる道を。ラグと同じように。

「エルディンさんがラグさんに謝罪をされていないのなら、私はもう、美しいと思いたくありません」
「……」
「作品に罪はないのかもしれません。作り手の人間性がどうであろうと、優れた作品は優れている……そういう考え方もあるでしょう。私は、切り離せません」
「……そっか」
「ごめんなさい、バドさんは何も悪くないのに……」
「いや、あの人は俺の親父で、俺は親父の刀を売ろうとしてる。何を言われても仕方ない」

 ラグやアイラの、怒りもわかる。
 もっともだ。
 汚れた刀かもしれない。

 でも俺は、見てきたのだ。
 身を削るように鉄を打つ背中を。
 ずっと、凄まじい情熱だと思っていた。
 情熱だけではなかった。
 灼かれるほどの後悔が含まれていたのだ。

 何年もラグの妨害に黙って耐えていた。
 もちろん直接謝罪すべきだというのもわかる。

「今までありがとう、アイラ。すごく助けられた」
「こちらこそありがとうございました。大変お世話になりました」
「ちょっと待っててくれ。最後の給料を……」
「いえ、辞退させていただきます。これから何かと大変でしょうから、お役立てください」

 受け取りたくない、ということだろう。徹底している。

 悲しい別れになってしまったけど、君のことは尊敬している。夢中になれる仕事を見つけてほしい。もし何か困ったことがあったら……。

 色んな言葉が脳裏をよぎったが、どれも言えずじまいだった。

 ◇ ◇ ◇

 事件は、その翌日起きた。

 先住民の存在を正式に伝える知らせ。
 それだけでもすべての開拓者を震撼させるものなのに、最悪の続報がついてきた。

 開拓者による強盗殺人。
 11名の先住民が無惨に斬り殺され、現場にはこれ見よがしにエルディンの刀が残されていた。

第15話「無謀」