『新大陸の武器商戦』第15話「無謀」

2022年4月16日

第1話「進言」

第2話「協会」

第3話「決意」

第4話「交渉」

第5話「視線」

第6話「鉄則」

第7話「理由」

第8話「模倣」

第9話「技能」

第10話「予想」

第11話「談判」

第12話「昔話」

第13話「思慕」

第14話「離別」

「誰も使ってくれねぇなら……自分で使うまでさ」

 ラグの策略により、過去の栄光さえ暗く塗り潰された。
 エルディンの刀は今や新大陸を切り拓いた刃ではない。先住民蹂躙の象徴となってしまった。つまり、美術品として売る道も断たれた。

「ラグには……本当に、すまねえことをしたと思ってる。最低だった。オレのせいで、あいつの人生は滅茶苦茶になった。
 けどオレは、それでも、刀を打つことをやめられねぇ。極めたいんだ、どうしても、この道を。
 売れなくても作り続けるつもりだったが、バド、お前の言う通り、誰にも使ってもらえないものをいつまでも作るのは無理だったな。だから、最後には自分で使うと決めてた」

 すでに引き揚げ命令が出ている。
 新たに武器を、ましてや呪われた刀を買う者などいるはずがない。

「この刀は、砂鉄が尽きる間際に仕上げた最高傑作――ダイアクラブを仕留めるための刀だ。蟹殺しとでも呼ぼうか。殻は使い手の腕さえあれば以前から斬れた。こいつは、”鋏の切断”を想定してる」

 親父は、行く気だ。
 カールスが見つけ出した可能性。よりによって、レテ川の上流。そこは先住民の生活区域である。
 ダイアクラブと戦いながら川を遡り、先住民に許しを得て砂鉄を採ろうというのだ。
 狂っている。
 言葉も通じない。だいいち、虐殺の象徴である刀を携えた連中を彼らが許すはずがない。

「殺したのは、オレじゃねぇ。
 ラグには申し訳ないことをしたと思ってるが、先住民にまで手を出したのは行き過ぎだ。そこまでするならオレを殺しに来るべきだった。虐殺に対する責任は感じてない。
 オレは刀を打っただけ。刀は武器だ。刃物だ。魔物が殺せるなら当然人も殺せる。人を斬ったから人殺しの道具になったわけじゃない。元々人は斬れる。そういうものとして、オレは刀を打ってきた。
 先住民と出遭う前から、オレたちは木を伐り、魔物を殺してきた。開拓者と言えば聞こえはいいが、オレたちは略奪者だった。最初からずっと」

 理屈としてはそうかもしれない。だが屁理屈だ。
 許すか許さないかは彼らが決めること。わざわざ感情を逆撫でするような装備で出向くなんて、とても許されようとしているとは思えない。
 そもそも下手人でなくとも部外者である。資源を分けてやる理由はない。
 加えて言えば、その砂鉄が良質である保障もなければ、精錬の方法も未定。

「精錬は、これから覚える。
 鍛錬と研ぎを一人でやるのだって、昔は”絶対に無理だ”、”素人がアレコレ手ぇ出すな”、”伝統を壊すな”と、相当叩かれた。が、オレは突き進んだ。無理だと決めつければできるわけがねぇ。諦めなければ、拓ける道はある」

 研ぎを兼ねた実績は確かだが、親父はもう六十四。新しい技術を学ぶなんてできるのか?
 何かを始めるのに遅いはないと言っても、限度ってものがあるだろう。

「蟹殺しは二振りある。手を貸してくれるなら、一振り使ってくれ」

「さて、どうしよっかね~」と、カールスが普段と変わらない口調で言った。「僕は行くけど、バド、君はどうする? 行くならこの蟹殺し、どっちが持つ? 君が使いたいなら譲るよ」

 ◇ ◇ ◇

 発つ鳥あとを濁さず。
 ハイネは丁寧に店の掃除をしている。
 あたりはすっかり静かになって、舞い上がった埃が午後の日差しを浴びて煌めいている。

 契約は、解消した。

 無謀な旅に出る俺たちと別れて、ハイネは本国に戻り、新しい生き方を探す。

「ねぇ、バド」箒を使いながら、ハイネが言った。「私と一緒に来ない?」

「……」
「改めて言うわ。エルディンさんの企ては、無謀を通り越してる。とっくに商機が終わった商品のためにそんな危険を冒すなんて、生産的じゃない。道楽よ。あなたもエルディンさんもわかってると思うけど」
「そうだな」
「あなたは、今、冷静? 本当についていきたいと思ってるの?」
「……」
「それより、私ともう一度契約して、何か始めない? バド、私ね、あなたとなら、結構うまくやっていけると思うのよ」

 嬉しい言葉なのに、「それはさ、俺が何でも言いなりになるからだろ」親父の血が、捻くれたことを言わせた。

「そんな風に、思ってたの? ……本当に?」

 落ち着こう。
 静まれ、クソ親父の血。
 彼女とはこんな形で終わりたくない。

「……いや、ごめん。俺は、ハイネの考えが正しいと思ったから採用してきた。ハイネもきっと、俺が相手だから、色々考えが浮かんだんだよな」
「そう。何故か話しやすいのよね、あなたは」
「不思議だな。協会じゃラグのこと抜きにしても浮いてんのにさ」

 運命の相手、なのかもしれない。
 一緒に行くと言えたらどんなにいいだろう。

「改めて考えたんだ、俺は何をしたいのか」
「……」
「今は、刀を売りたいんじゃない。あのクソ親父がこの先どうするのか、見届けたいんだ。それをやり遂げるまで、次に行けない」
「……」
「誘ってくれてありがとうな。今まで楽しかった。昔はずっと一人でイライラしてるだけだった。ハイネと出会って、困難は行動して解決するしかないって学んだ」

 ハイネが微笑んだ。花のように。

「お役に立てて良かったわ。私も、楽しかった」
「最後に、いいか? 一つ仕事を頼みたいんだ。もう身内じゃないからちゃんと代金は払う」
「何?」
「見立てを、頼む。俺に”エルディンの刀”の適性はあるか?」

最終話「感謝」