『新大陸の武器商戦』第15話「無謀」

「誰も使ってくれねぇなら……自分で使うまでさ」
ラグの策略により、過去の栄光さえ暗く塗り潰された。
エルディンの刀は今や新大陸を切り拓いた刃ではない。先住民蹂躙の象徴となってしまった。つまり、美術品として売る道も断たれた。
「ラグには……本当に、すまねえことをしたと思ってる。最低だった。オレのせいで、あいつの人生は滅茶苦茶になった。
けどオレは、それでも、刀を打つことをやめられねぇ。極めたいんだ、どうしても、この道を。
売れなくても作り続けるつもりだったが、バド、お前の言う通り、誰にも使ってもらえないものをいつまでも作るのは無理だったな。だから、最後には自分で使うと決めてた」
すでに引き揚げ命令が出ている。
新たに武器を、ましてや呪われた刀を買う者などいるはずがない。
「この刀は、砂鉄が尽きる間際に仕上げた最高傑作――ダイアクラブを仕留めるための刀だ。蟹殺しとでも呼ぼうか。殻は使い手の腕さえあれば以前から斬れた。こいつは、”鋏の切断”を想定してる」
親父は、行く気だ。
カールスが見つけ出した可能性。よりによって、レテ川の上流。そこは先住民の生活区域である。
ダイアクラブと戦いながら川を遡り、先住民に許しを得て砂鉄を採ろうというのだ。
狂っている。
言葉も通じない。だいいち、虐殺の象徴である刀を携えた連中を彼らが許すはずがない。
「殺したのは、オレじゃねぇ。
ラグには申し訳ないことをしたと思ってるが、先住民にまで手を出したのは行き過ぎだ。そこまでするならオレを殺しに来るべきだった。虐殺に対する責任は感じてない。
オレは刀を打っただけ。刀は武器だ。刃物だ。魔物が殺せるなら当然人も殺せる。人を斬ったから人殺しの道具になったわけじゃない。元々人は斬れる。そういうものとして、オレは刀を打ってきた。
先住民と出遭う前から、オレたちは木を伐り、魔物を殺してきた。開拓者と言えば聞こえはいいが、オレたちは略奪者だった。最初からずっと」
理屈としてはそうかもしれない。だが屁理屈だ。
許すか許さないかは彼らが決めること。わざわざ感情を逆撫でするような装備で出向くなんて、とても許されようとしているとは思えない。
そもそも下手人でなくとも部外者である。資源を分けてやる理由はない。
加えて言えば、その砂鉄が良質である保障もなければ、精錬の方法も未定。
「精錬は、これから覚える。
鍛錬と研ぎを一人でやるのだって、昔は”絶対に無理だ”、”素人がアレコレ手ぇ出すな”、”伝統を壊すな”と、相当叩かれた。が、オレは突き進んだ。無理だと決めつければできるわけがねぇ。諦めなければ、拓ける道はある」
研ぎを兼ねた実績は確かだが、親父はもう六十四。新しい技術を学ぶなんてできるのか?
何かを始めるのに遅いはないと言っても、限度ってものがあるだろう。
「蟹殺しは二振りある。手を貸してくれるなら、一振り使ってくれ」
「さて、どうしよっかね~」と、カールスが普段と変わらない口調で言った。「僕は行くけど、バド、君はどうする? 行くならこの蟹殺し、どっちが持つ? 君が使いたいなら譲るよ」
◇ ◇ ◇
発つ鳥あとを濁さず。
ハイネは丁寧に店の掃除をしている。
あたりはすっかり静かになって、舞い上がった埃が午後の日差しを浴びて煌めいている。
契約は、解消した。
無謀な旅に出る俺たちと別れて、ハイネは本国に戻り、新しい生き方を探す。
「ねぇ、バド」箒を使いながら、ハイネが言った。「私と一緒に来ない?」
「……」
「改めて言うわ。エルディンさんの企ては、無謀を通り越してる。とっくに商機が終わった商品のためにそんな危険を冒すなんて、生産的じゃない。道楽よ。あなたもエルディンさんもわかってると思うけど」
「そうだな」
「あなたは、今、冷静? 本当についていきたいと思ってるの?」
「……」
「それより、私ともう一度契約して、何か始めない? バド、私ね、あなたとなら、結構うまくやっていけると思うのよ」
嬉しい言葉なのに、「それはさ、俺が何でも言いなりになるからだろ」親父の血が、捻くれたことを言わせた。
「そんな風に、思ってたの? ……本当に?」
落ち着こう。
静まれ、クソ親父の血。
彼女とはこんな形で終わりたくない。
「……いや、ごめん。俺は、ハイネの考えが正しいと思ったから採用してきた。ハイネもきっと、俺が相手だから、色々考えが浮かんだんだよな」
「そう。何故か話しやすいのよね、あなたは」
「不思議だな。協会じゃラグのこと抜きにしても浮いてんのにさ」
運命の相手、なのかもしれない。
一緒に行くと言えたらどんなにいいだろう。
「改めて考えたんだ、俺は何をしたいのか」
「……」
「今は、刀を売りたいんじゃない。あのクソ親父がこの先どうするのか、見届けたいんだ。それをやり遂げるまで、次に行けない」
「……」
「誘ってくれてありがとうな。今まで楽しかった。昔はずっと一人でイライラしてるだけだった。ハイネと出会って、困難は行動して解決するしかないって学んだ」
ハイネが微笑んだ。花のように。
「お役に立てて良かったわ。私も、楽しかった」
「最後に、いいか? 一つ仕事を頼みたいんだ。もう身内じゃないからちゃんと代金は払う」
「何?」
「見立てを、頼む。俺に”エルディンの刀”の適性はあるか?」
ディスカッション
コメント一覧
ひたすらエルディンさんが好きだ。切ない・・・
ありがとうございます。次回で最終話となりますのでどうか最後までよろしくお願いします。