『新大陸の武器商戦』最終話「感謝」

第1話「進言」

第2話「協会」

第3話「決意」

第4話「交渉」

第5話「視線」

第6話「鉄則」

第7話「理由」

第8話「模倣」

第9話「技能」

第10話「予想」

第11話「談判」

第12話「昔話」

第13話「思慕」

第14話「離別」

第15話「無謀」

「ないわ」

 だよな。断言してくれると信じていた。

「刀はとても繊細な武器。どんな動きにもブレない強靭な体幹と、踵を常時わずかに浮かせた歩き方がないと、真価を発揮できない。あなたには、そのどちらもない」
「うん」
「絵で培った器用さは活かせるかもしれない。でも刀術独特の”手の内”にどこまで応用できるかは未知数だし、それで体幹や腕力の不足を補えるとは思えない」
「……」
「ごめんね」
「謝らないでくれよ」

 情けなくなるだろ。
 覚悟はできていたから、笑って突っ込める。

「カールスと違って、親父はかなりのブランクがある。戦闘面で俺がやれることって何かないか?」

「そうね」と言って、ハイネが目付きをかすかに変えた。俺の全身を引きで捉えているのだろう。

「あなたは、目がいい。呼吸も安定してる。向いてるのは……弓。でも、ダイアクラブの殻の隙間を狙うなんて技、一朝一夕で身につくわけがないわよね」
「だな」
「現実的に考えて、あなたは戦闘に加わらないほうがいいと思うわ」

 ふう、と一つ息をつく。
 助かった。これで、自分が何をすべきかハッキリした。

「よくわかった。ありがとう」
「どういたしまして」
「いくらだ?」
「ツケとくわ」
「払えるよ」
「いいから、ツケとく。いつか返しに来て」
「……」
「待ってるなんて言わないわ。先に行ってる。追いついてみせてよ、できるもんならね」

 ◇ ◇ ◇

「ってわけで、俺には全員分の荷物を持たせてほしい」

 野営道具や水、食料など、戦闘に関わらない物資をすべて俺が持つ。こうすれば親父とカールスの消耗を減らせるし、素早く臨戦態勢に入れる。

「蟹殺しはカールスが使ってくれ。俺には使いこなせない」

 勿論、それを手にした上で見届けたいという気持ちもなくはない。けれど、俺は感情より効率を取る。
 人間は感情的な生き物。確かにそうなのだが、ハイネや俺は違う。感情より実利を優先する――優先できる。そういう人間も、存在する。

「いいのかい?」
「ああ。その代わり、戦闘は二人に任せる。俺は安全なところに隠れてるよ」

 俺を守るという課題を除外したほうが戦いやすいはずだ。

「オッケー。その作戦で全然いいんだけど、バド、そのフォーメーション誰に教わった?」
「? いや、俺が考えたんだけど」
「へ~、大したもんだ。荷物持ちを一人作るって形は、先進的なパーティーは結構やってたみたいだよ。メンバー間で実力差があるなら理に適ってる。いじめみたいで見栄えが悪いから流行らなかったけどね」

 なるほど。先行者がいるなら心強い。

「バド」と、親父が蟹殺しを研ぎながら言った。「二つ、覚えておけ」

「何?」
「一つ、隠れる時はオレとカールスより風上に回れ。お前の匂いにつられて肉食獣が乱入してきたら面倒なことになる」
「了解」
「もう一つ、オレたちのどちらかが負傷しても、絶対に出てくるな」
「……」
「どちらかが倒れたら、先に逃げ出せ。いいな?」
「三つじゃねーかよ」
「つべこべぬかすな」

 親父は死ぬつもりなんじゃないだろうか。
 最高傑作を自らの手で使って、妻の仇であるダイアクラブと戦い、討ち死にできるなら本望なのでは――と。

 そんな風に思っていたのは、親父の腕前を知らなかったからだ。
 毎日鉄を打ち続けていたから上半身の筋肉はよく発達していて、とても六十四には見えないが、それでブランクを埋められるものではないだろうと思っていた。

 ガンザシが地面に落ちるのを、初めて見た。
 というよりガンザシを間近に見るのが初めてなのだが。
 弓に長けた者がいなければ逃げるべき相手と聞いていた。

 親父は大上段に構えていた。
 そこへガンザシが突っ込んできて、斬り落とされた。
 言葉にすると単純だが、現実の出来事だと信じられない。

 カールスが口笛を吹く。「健在ッスねぇ、エルディンさんの居合い」

「もうこれしかできねぇけどな」と言いながら、親父は刀についた血を拭う。「走り回るのは、カールス、お前に任せるぜ」
「はいは~い。走り回って逃げ回って、エルディンさんのとこに誘い込むんで、あとよろしくお願いしま~っす」
「上等だ」

 冗談のように交わされていたそのやりとりは、ダイアクラブとの戦いで実行に移された。

 高さ五メートルはあるだろうか。
 とても刃物など通りそうにない、黒く輝く甲殻に包まれた巨躯から振り下ろされる鋏。
 あまりにも鋭いせいか、水しぶきは意外に上がらない。
 当たれば終わりの攻撃を紙一重でかわしながら、カールスが岩の上に立った親父の背後に回る。
 ダイアクラブが、鋏を振り上げる。

 危ない。
 思わず声が出そうになった。
 飲み込んで、息を止めたまま、切断された鋏が川面に落ちる音を聞いた。

 次の瞬間、親父の背後にいたはずのカールスはダイアクラブの真正面にいて、二つの目を潰すのと口内に刀を刺し入れるのとを、ほとんど一瞬で行った。
 辛うじて、目で追えた。
 俺の目がいいというのは本当らしい。

 蟹殺しが引き抜かれ、巨体が活動を停止した。

 親父を見ると、笑っていた。
 狙い通り鋏に打ち勝ったのが嬉しかったのだろう。
 が、それだけではなかったようだ。

「いやぁ、まさか、ヒナの太刀筋をもう一度目にすることになるとはな」

 カールスが目を輝かせた。

「ホントですか、エルディンさん! やった~、旦那さん公認だ!」
「全盛期には及ばねぇがな。それに、くれてやるとは言ってねぇ。あれはオレの女だ」
「わかってますよ。僕はただ憧れてるだけ。ちょっかい出す気は毛頭ありません」
「ったく、気持ち悪い野郎だぜ。堂々としやがって」

 故人の話をしているとは到底思えない。
 きっといいパーティーだったのだろう。親父が後継者の育成に憑りつかれて、道を踏み外すまでは。

 順調にレテ河を遡っていった。
 その旅路には、神が最後の情けをかけてくれたかのように、心地よい風が吹いていた。

 先住民の村に辿り着くと、現実が待っていた。

「オレが交渉する。お前らはここで待っててくれ」

 言葉も通じないのに、交渉も何もあったもんじゃない。ましてや親父の出で立ちでは、相手を刺激するだけだ。

「ここは俺が……」
「いいんだ、バド。オレが行く。これはオレの我が儘だ。運よく話が通って、また刀が打てるようになっても、もう買い手はどこにもいねぇだろう。お前は商人だ。儲けに繋がらねぇことはしなくていい」
「そんなことは最初からわかってる。少しでも可能性を……」
「いいから、オレに行かせてくれ」
「……わかった」

 それは、けじめなのだろう。

 単身、村に乗り込み、刀を地面に置いて、叫んだ。

 突然邪魔をする。
 この刀は、オレが作った。
 だがあんたたちの仲間を斬ったのはオレじゃない。
 しのびねぇとは思う。
 が、オレはこの刀の斬れ味を、今でも誇りに思っている。
 刀を打つには、砂鉄が必要だ。
 あの川で砂鉄が掘れるかもしれねぇんだ。
 どうか掘らせてほしい。
 他には何も奪わない。
 どうか、頼む。

 返ってきたのは、知らない言語の罵声と、石の雨だった。

 血だらけになり、村の外に追い出され、それでも親父は叫び続けた。

 頼む。
 オレにはこれしかねぇんだ。
 頼む。

 夜が更け、何と声をかけても、親父はその場を動かなかった。

 翌日は強い雨が降った。

 三日目の朝、親父が言った。

「どうやら、ここまでだな」

 顔を見ると、石つぶてをまともに食らったのだろう、右目から血を流している。

「介錯を頼む」

 その言葉は最早、驚くべきものではない。

「やっと観念したか、クソ親父。最後にはこうなるような気がしてたよ」
「だろ?」
「おつかれ。ゆっくり休んでくれ」
「物分かりがよくて助かるぜ」

 止めるものか。
 これ以上親父になすべきことなど何もない。
 生き切った。
 無為に引き延ばすほうが余程残酷だ。

「バド」と、カールスが蟹殺しを差し出してきた。「さすがにこれは、君がやりなよ。怖くなければ」

「いや、いい。カールスがやってくれ」
「うーん、でも……」
「最高の技術を見せてくれ。俺は見てる」

 瞬きもせずに。

「見て、絵を描く。形に残す。この人の息子として」

 ◇ ◇ ◇

 深い穴を掘り、親父はその淵にあぐらをかいた。

 背後でカールスの蟹殺しが光る。

「あー……なんだ」親父が照れ臭そうに俺を見た。「バドよ、ありがとうな。その、飯とか、色々」

 飯とか、色々。今さらかよ。つーか、もっと言い方があるだろう。親父らし過ぎて笑ってしまった。

「そんじゃ、行くわ。カールス、頼む」
「はい」

 カールスが蟹殺しを構える。

 一陣の風。

 親父が目を閉じる。

 瞼から、血と涙の混じり合ったものが流れた。

「ラグ……! すまねぇ……! ちくしょう……本当に……すまなかった……!」

 直接言えよな、馬鹿野郎。
 けど、それができないのが親父なんだ。
 まったく世話が焼ける。

「親父! この絵、俺がラグに届ける」

 目の前で破り捨てられるかもしれないが、それならそれで構わない。

 頼んだぜ――親父の口元がそう言っていた。

   (了)