『新大陸の武器商戦』最終話「感謝」

「ないわ」
だよな。断言してくれると信じていた。
「刀はとても繊細な武器。どんな動きにもブレない強靭な体幹と、踵を常時わずかに浮かせた歩き方がないと、真価を発揮できない。あなたには、そのどちらもない」
「うん」
「絵で培った器用さは活かせるかもしれない。でも刀術独特の”手の内”にどこまで応用できるかは未知数だし、それで体幹や腕力の不足を補えるとは思えない」
「……」
「ごめんね」
「謝らないでくれよ」
情けなくなるだろ。
覚悟はできていたから、笑って突っ込める。
「カールスと違って、親父はかなりのブランクがある。戦闘面で俺がやれることって何かないか?」
「そうね」と言って、ハイネが目付きをかすかに変えた。俺の全身を引きで捉えているのだろう。
「あなたは、目がいい。呼吸も安定してる。向いてるのは……弓。でも、ダイアクラブの殻の隙間を狙うなんて技、一朝一夕で身につくわけがないわよね」
「だな」
「現実的に考えて、あなたは戦闘に加わらないほうがいいと思うわ」
ふう、と一つ息をつく。
助かった。これで、自分が何をすべきかハッキリした。
「よくわかった。ありがとう」
「どういたしまして」
「いくらだ?」
「ツケとくわ」
「払えるよ」
「いいから、ツケとく。いつか返しに来て」
「……」
「待ってるなんて言わないわ。先に行ってる。追いついてみせてよ、できるもんならね」
◇ ◇ ◇
「ってわけで、俺には全員分の荷物を持たせてほしい」
野営道具や水、食料など、戦闘に関わらない物資をすべて俺が持つ。こうすれば親父とカールスの消耗を減らせるし、素早く臨戦態勢に入れる。
「蟹殺しはカールスが使ってくれ。俺には使いこなせない」
勿論、それを手にした上で見届けたいという気持ちもなくはない。けれど、俺は感情より効率を取る。
人間は感情的な生き物。確かにそうなのだが、ハイネや俺は違う。感情より実利を優先する――優先できる。そういう人間も、存在する。
「いいのかい?」
「ああ。その代わり、戦闘は二人に任せる。俺は安全なところに隠れてるよ」
俺を守るという課題を除外したほうが戦いやすいはずだ。
「オッケー。その作戦で全然いいんだけど、バド、そのフォーメーション誰に教わった?」
「? いや、俺が考えたんだけど」
「へ~、大したもんだ。荷物持ちを一人作るって形は、先進的なパーティーは結構やってたみたいだよ。メンバー間で実力差があるなら理に適ってる。いじめみたいで見栄えが悪いから流行らなかったけどね」
なるほど。先行者がいるなら心強い。
「バド」と、親父が蟹殺しを研ぎながら言った。「二つ、覚えておけ」
「何?」
「一つ、隠れる時はオレとカールスより風上に回れ。お前の匂いにつられて肉食獣が乱入してきたら面倒なことになる」
「了解」
「もう一つ、オレたちのどちらかが負傷しても、絶対に出てくるな」
「……」
「どちらかが倒れたら、先に逃げ出せ。いいな?」
「三つじゃねーかよ」
「つべこべぬかすな」
親父は死ぬつもりなんじゃないだろうか。
最高傑作を自らの手で使って、妻の仇であるダイアクラブと戦い、討ち死にできるなら本望なのでは――と。
そんな風に思っていたのは、親父の腕前を知らなかったからだ。
毎日鉄を打ち続けていたから上半身の筋肉はよく発達していて、とても六十四には見えないが、それでブランクを埋められるものではないだろうと思っていた。
ガンザシが地面に落ちるのを、初めて見た。
というよりガンザシを間近に見るのが初めてなのだが。
弓に長けた者がいなければ逃げるべき相手と聞いていた。
親父は大上段に構えていた。
そこへガンザシが突っ込んできて、斬り落とされた。
言葉にすると単純だが、現実の出来事だと信じられない。
カールスが口笛を吹く。「健在ッスねぇ、エルディンさんの居合い」
「もうこれしかできねぇけどな」と言いながら、親父は刀についた血を拭う。「走り回るのは、カールス、お前に任せるぜ」
「はいは~い。走り回って逃げ回って、エルディンさんのとこに誘い込むんで、あとよろしくお願いしま~っす」
「上等だ」
冗談のように交わされていたそのやりとりは、ダイアクラブとの戦いで実行に移された。
高さ五メートルはあるだろうか。
とても刃物など通りそうにない、黒く輝く甲殻に包まれた巨躯から振り下ろされる鋏。
あまりにも鋭いせいか、水しぶきは意外に上がらない。
当たれば終わりの攻撃を紙一重でかわしながら、カールスが岩の上に立った親父の背後に回る。
ダイアクラブが、鋏を振り上げる。
危ない。
思わず声が出そうになった。
飲み込んで、息を止めたまま、切断された鋏が川面に落ちる音を聞いた。
次の瞬間、親父の背後にいたはずのカールスはダイアクラブの真正面にいて、二つの目を潰すのと口内に刀を刺し入れるのとを、ほとんど一瞬で行った。
辛うじて、目で追えた。
俺の目がいいというのは本当らしい。
蟹殺しが引き抜かれ、巨体が活動を停止した。
親父を見ると、笑っていた。
狙い通り鋏に打ち勝ったのが嬉しかったのだろう。
が、それだけではなかったようだ。
「いやぁ、まさか、ヒナの太刀筋をもう一度目にすることになるとはな」
カールスが目を輝かせた。
「ホントですか、エルディンさん! やった~、旦那さん公認だ!」
「全盛期には及ばねぇがな。それに、くれてやるとは言ってねぇ。あれはオレの女だ」
「わかってますよ。僕はただ憧れてるだけ。ちょっかい出す気は毛頭ありません」
「ったく、気持ち悪い野郎だぜ。堂々としやがって」
故人の話をしているとは到底思えない。
きっといいパーティーだったのだろう。親父が後継者の育成に憑りつかれて、道を踏み外すまでは。
順調にレテ河を遡っていった。
その旅路には、神が最後の情けをかけてくれたかのように、心地よい風が吹いていた。
先住民の村に辿り着くと、現実が待っていた。
「オレが交渉する。お前らはここで待っててくれ」
言葉も通じないのに、交渉も何もあったもんじゃない。ましてや親父の出で立ちでは、相手を刺激するだけだ。
「ここは俺が……」
「いいんだ、バド。オレが行く。これはオレの我が儘だ。運よく話が通って、また刀が打てるようになっても、もう買い手はどこにもいねぇだろう。お前は商人だ。儲けに繋がらねぇことはしなくていい」
「そんなことは最初からわかってる。少しでも可能性を……」
「いいから、オレに行かせてくれ」
「……わかった」
それは、けじめなのだろう。
単身、村に乗り込み、刀を地面に置いて、叫んだ。
突然邪魔をする。
この刀は、オレが作った。
だがあんたたちの仲間を斬ったのはオレじゃない。
しのびねぇとは思う。
が、オレはこの刀の斬れ味を、今でも誇りに思っている。
刀を打つには、砂鉄が必要だ。
あの川で砂鉄が掘れるかもしれねぇんだ。
どうか掘らせてほしい。
他には何も奪わない。
どうか、頼む。
返ってきたのは、知らない言語の罵声と、石の雨だった。
血だらけになり、村の外に追い出され、それでも親父は叫び続けた。
頼む。
オレにはこれしかねぇんだ。
頼む。
夜が更け、何と声をかけても、親父はその場を動かなかった。
翌日は強い雨が降った。
三日目の朝、親父が言った。
「どうやら、ここまでだな」
顔を見ると、石つぶてをまともに食らったのだろう、右目から血を流している。
「介錯を頼む」
その言葉は最早、驚くべきものではない。
「やっと観念したか、クソ親父。最後にはこうなるような気がしてたよ」
「だろ?」
「おつかれ。ゆっくり休んでくれ」
「物分かりがよくて助かるぜ」
止めるものか。
これ以上親父になすべきことなど何もない。
生き切った。
無為に引き延ばすほうが余程残酷だ。
「バド」と、カールスが蟹殺しを差し出してきた。「さすがにこれは、君がやりなよ。怖くなければ」
「いや、いい。カールスがやってくれ」
「うーん、でも……」
「最高の技術を見せてくれ。俺は見てる」
瞬きもせずに。
「見て、絵を描く。形に残す。この人の息子として」
◇ ◇ ◇
深い穴を掘り、親父はその淵にあぐらをかいた。
背後でカールスの蟹殺しが光る。
「あー……なんだ」親父が照れ臭そうに俺を見た。「バドよ、ありがとうな。その、飯とか、色々」
飯とか、色々。今さらかよ。つーか、もっと言い方があるだろう。親父らし過ぎて笑ってしまった。
「そんじゃ、行くわ。カールス、頼む」
「はい」
カールスが蟹殺しを構える。
一陣の風。
親父が目を閉じる。
瞼から、血と涙の混じり合ったものが流れた。
「ラグ……! すまねぇ……! ちくしょう……本当に……すまなかった……!」
直接言えよな、馬鹿野郎。
けど、それができないのが親父なんだ。
まったく世話が焼ける。
「親父! この絵、俺がラグに届ける」
目の前で破り捨てられるかもしれないが、それならそれで構わない。
頼んだぜ――親父の口元がそう言っていた。
(了)
ディスカッション
コメント一覧
13話あたりから、こりゃ良くてビターエンドだろうなとは思っていましたが、こうなったかぁ……
とはいえエルディンさんの性格を考えれば、この結末も少なからず納得はできるというもので。
作家のメタファーとして見た場合は、「自分が満足したならヨシ!」以上の感想が出てきません(笑)
己のエゴを貫き通した姿に、素直に敬意を表したいと思います。
三ヶ月半の連載、お疲れ様でした!
いの一番のご感想、ありがとうございます。そうですね、大いに作家のメタファーであり、「自分が満足したならヨシ!」の精神をダイレクトに反映させました。たとえ書籍化や受賞、アニメ化といった華々しい結果に繋がらなくても、自分が読んで楽しめる小説を書けるならそれはとても幸せなことだと思うのです。お付き合いいただきありがとうございました!
完結お疲れ様です
自身の性分で小説は一気読みしたい派なので、これから読ませていただきます
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。自分もどちらかと言えば一気読み派です。いつでも構いませんのでご感想いただけたら嬉しいです。
連載、お疲れ様でした。
毎週、楽しみに読ませて頂いておりました。
とても読みやすく、それでいて読み応えがあり、一言で言えば面白かったです。
登場人物や要素はどれもわかりやすくオーソドックスな素材に感じましたが、組み方の機微や展開に魅せられて、第1話からずっと飽きることなく読み続けられました。
エルディンの「昔気質の頑固ジジイ」というイメージから逸れた実績が出てくるところや、ラグの過去、カールスの告白など。掴みやすいキャラに情報が付加されて厚みが増していく展開は、読みやすいながら読み応えがあり楽しめました。
バドとハイネの関係やキノコ狩りでの会話・感傷など、短い話ながらメイン(商売)以外の要素も盛りだくさんだったように感じました。もう少し読みたかったと感じさせられる塩梅が絶妙だったと感じます。
個人的にはカールスがとても好きです。普段はヘラヘラしているけれど、本当は実力があって熱いものを秘めている。そういう人はかっこいいですね。
また、ダイヤクラブの因子に関するカールスの話は、まるでバドたちと一緒にあの場で衝撃を受けたような気持でした。
ただ、バドの特技はさり気ない伏線が入れられそうな内容だったのに、それがなかったように感じられ、2つの意味で上手い手だなと思っただけに、少し残念に思えました。
基本的に序盤以外は伏線がしっかりした作品だったように感じたので、余計にちょっと引っかかりました。とはいえ、情報に無駄のない文章は読みやすく、それでいて丁寧に描写するところはしっかりおさえているように感じられ、充分に楽しませて頂きました。
最終話は、とても響きました。
絶望的な結末を想定せずにはいられない旅路は、それでいて穏やかで晴れ晴れしさ さえ感じられ、しかし結末は案の定……。流れるように感情を刺激され、映画を観ているかのようでした。
やるせなさは拭っても拭いきれませんが、同時に、揺らめきながらも貫かれた信念をしかと魅せつけられた思いです。まるで、血に汚れ使い古されてなお魅力を感じさせられてしまう、刀のような生き様でした。
エルディンの最期だけでなく、バドの最後の「選択」も。この物語としての親子の結末、その全てが響きました。
最終話を読んでから全て読み返させて頂いたのですが、些細な描写にも色んな感情がかき立てられました。
――改めて、とてもよかったです。
長長と失礼いたしました。
とても面白かったので、ここで「このまま埋もれてほしくない」と感じてしまいますが……。
魅力的な物語を、ありがとうございます。晒しなどでも大変お世話になっており、感謝でいっぱいです。
運営なども色色と大変だと思われますが、無理なさらず、頑張り過ぎずに頑張って頂ければうれしいなと思います。
こちらのサイトと運営様の今後が、素敵なものでありますように――。
詳細なご感想、誠にありがとうございます。報われますm(_ _)m
カールスを気に入っていただいて嬉しいです。彼はプロットの初期段階ではただのお気楽な常連客だったのですが、練っているうちにかなり重い役割を担ってもらうことになりました。また、そもそも商売メインの予定だったのが、人間ドラマにシフトした形です。
絵の伏線についてはおっしゃる通りで、入れられるはずのものでした。ご指摘ありがとうございます。また、諸々の伏線に気付いていただけて嬉しいです。
やや高い年齢向けを想定しており、「映画のよう」というご感想は特に嬉しく思います。物語全体に没入していただき、作者として、これ以上の喜びはありません。まとめアフィの管理人作品がここ以外の場に出ることは絶対にないと思いますが(笑)、皆さんに読んでいただけるだけで十分です。
お疲れ様でした
毎週楽しませて頂きました、ありがとうございました
カールス、ホンットにいい奴だ
「ラグ、すまなかった」
・って、本当に、「直接言えよ!」です
言えなかったんだろうなぁ、エルディンさん、しょうがない人だなぁ もぉ ・・グシュ
ありがとうございます。書いた甲斐がありました。エルディンさんは不器用の権化みたいな感じで描きましが、言えばいいだけなのにそれができない事例、現実にも結構あると思うんですよね……
管理人様
拝読いたしました。
あらためて、執筆&発表お疲れ様でした。
感想としてはまず「良かったです」とお伝えしたいです。
想像していたラストとは違い、なかなか驚きましたが、
許容範囲ではありました。
最後の最後でようやくエルディンという男が生きているように感じられました。
欲を言えば後一話足して、
ハイネやアイラ、そしてラグとのエピローグが
あってもいいんじゃないかとは思いますが──。
悲しい別れで終わらせるのも構わないのですが、
読後感をよく出来る余地はあるのではないかとは思います。
文章は読みやすく、落ち着いた印象を受けました。
管理人様の作品だから忖度しているとかいうわけでなく、
面白いと思って最後まで読みました。
良い物語をありがとうございました。
これからも色々とよろしくお願いいたします。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
確かにエピローグがあると読後感が良くなるかもしれませんね。途中で出番が終わった人物は悲しい印象のままで、ラストもこんな感じなので、気が滅入る話ではあると思います。
「良かったです」とのお言葉をありがたく受け止めます。今後もお互い頑張りましょう。
エピローグで父の墓に手を合わせるバドや、
父のことを少しだけ許す、少しだけ認めるラグ、といった描写があると
とてもよいですね。和解は無理でもせめて理解くらいは、と。
同じ男から生まれたもの同士、ほんの少しだけ同じ気持ちを共有すると。
そうすると単なる嫌がらせをしていたキャラクターから、
生々しい感情をもった人間になると思います。
一人の男が死に、そして新しい時代が始まる、という感じで
登場人物が前を向いて生きようと決意するという爽やかな読後感を
強くつけられると思います。
余計なお世話かもしれませんが、思いついてしまったので
コメントしてしまいました。
自分も頑張ります!
ありがとうございます。ご想像にお任せするという形を取っており、そのようなエピローグを思いついていただけたのならある程度成功したのかなと思う一方、読後感を考えると、短くても未来へ向けたベクトルの何かがあったほうが良かったかもしれませんね。今後も頑張ってください。
初っ端からメタファーの方ばっかりがメインで新大陸のことがいまいち伝わって来なかった
まあ管理人さん自信そこはどうでもよかったのかな
こういう風に、別に詳細に説明したくないことを「新大陸」の一言で読者に想像させるのが「テンプレ」の持つ力なんだよね
お読みいただきありがとうございます。正直モンハンにおんぶにだっこであり、異論はございません。